両親はどんな風に「仕事」をしてきましたか?|セミナー「仕事への向き合い方を考える」その6

※セミナー「仕事への向き合い方を考える」その1はこちらです。

先生「みなさん、何才から仕事をはじめましたか? たとえば早いひとだったら15、6才くらいから働いていますね。ほとんどのひとは18才以上からだと思うんですけど、ゆえに仕事の概念というのをコドモは持っていないんですよね。なので、仕事に対する意識ってどこから来るかっていうと親からなんです」

みなさんの親が仕事をどんな風にしていたかが、みなさんの仕事観に猛烈な影響を与えていて、お父ちゃんが仕事をめっちゃ楽しそうにやってたのか、苦しそうにやってたのか、ということの違いによってみなさんの仕事観というのはもう真逆になったりするんです」

「それで、女性だったら、お母さんの仕事に対する意識というものがすごく重要で、たとえば、お母さんがお父さんの仕事をずっとバカにしていたとか、文句言ってたとすると、当然仕事のイメージって悪くなりますよね。逆にお父さんにすごく感謝していたならば、仕事のイメージがとても良くなりますよね」

「ということで、みなさんのお父さんやお母さんが、どんな風に仕事をしていたのか?どんな風に仕事を評価していたのか?というところをちょっと考えていきましょう。まあ、カウンセリングではすごく王道の質問なので、すでに考えたことがあるひとはいっぱいいると思いますけど、あらためて、みなさんの両親はどんな風に仕事をしていたでしょうか? そして、両親の態度から自分はどんな影響を受けたでしょうか?を考えてみてください」

「たとえば、親が自営業だったひとはたぶん自営業的な考えかたが沁みつきます。それが苦しそうだからいま固定給の雇われをやってるってひともいる。また、親がサラリーマンをすごく充実してやってたことを見て育って、自分もそうなりたいなと思ってサラリーマンやってるってひともいます。正解はないけれども、みなさん自身はどうでしょう?」

うわあ、カウンセリングで王道だなんて全然知りませんでした。私は18才から働いていますが、べつに親の仕事観なんて意識したことなく、ただもうしかたがないからぼーっと働いてきただけです。

でも、私は「親が何を考えているか?」に関してはエキスパートなんです。自分でもゆるぎない自信を持っている唯一の分野です。とくに母親に関しては超一級で、母ちゃんの好きなモノ、嫌いなモノはあるとあらゆるものについて熟知しているのであります。コレ、半世紀にわたる母子癒着の賜物ね。ふう。

ウチの家は、まず第一に「大企業至上主義」です。なぜかというと、では母から考えると、「母の父」が自営で大失敗ばかりしていたので、母は「大企業に勤めるのが鉄則」になりました。それで父。「父の父」は小学校を出てすぐに工場で働きはじめ、職工として定年まで勤めました。その生きかたをそっくりそのまま実行したのが私の父ちゃんです。父は高卒にも関わらず戦後のどさくさに紛れてたまたま大企業に就職し、定年まで迷わず勤め上げました。

とここまでを振り返ると、おお! ホントだ! 先生が言われたとおりみ~んな「お父さんの働き方」にすごく影響を受けていますね。

で、ウチのもうひとつの鉄則が「医師至上主義」です。なぜならまず、「母の父」が「医者になりそこなった薬剤師」でした。母は非常に見栄っ張りです。おカネと高ステータスにしか価値を見出せないヒトなんですが、それはモトは言えば「母の父」の考えかたでした。ですからそんな母が「医者がいちばん値打ちのある職業」と考えるのは当然でした。

加えて、私の父も「医者いちばん」でした。そもそも父がなりたかった職業は学者でした。研究者になりたかったそうです。このアカデミックなものへの憧れは、たぶん「父の母」由来だと思います。「父の母」つまり私の父方の祖母はいわゆる父なし子でした。祖母の母がまだ未婚だったころ、ある男性のこどもを身ごもりしかたなく出産、その子が祖母でした。で、その男性の職業がどうやら校長先生だったらしいとのことです。

その後祖母は生母からも離され養子に出されました。きっとたいへんつらい幼少時代だったでしょう。それでも祖母にとって自分の父が校長だということはある種の誇りだったのかもしれません。おそらく会うこともかなわないお父さんだったでしょうにね。でも、慕わしい気もちがあったのでしょう。私の父は、その一連にまつわる話を自分の母(私の祖母)からあるとき一晩かけて聞かされたそうです。父はごくまれに私にも「校長先生のご落胤」とボソッと言っていましたから、父が学者になりたいと思ったルーツはやはり父の祖父だろうと思います。

それで、こういう仕事観を持った両親から生まれたコドモ二人がどうなったかというと、長女である私は高卒で大企業に就職、次女は医学部に進学して医師になりました。ホント、みごとに親の仕事観どおりになっていますね!

私は、昔長いあいだ自分のアタマの悪さは棚に上げて、高卒で働かされたことをずいぶんブータレていましたが、いや、こうして客観的に親の職業観を何代にもわたって俯瞰すると、なるべくしてなった職業なんだなあと感心しました。

さてそれで、「父がどんな風に仕事をしていたか?」なのですが、これはもう「イヤイヤしかたなく」のひと言に尽きます。ただの一度も「仕事が楽しい」そぶりは見えませんでした。そもそも父はサラリーマンを徹底的に軽蔑していました。父が尊敬する職業は、学者や芸術家だったんです。スポーツ選手も軽蔑していましたね。ここらへんの価値観は私が丸々そっくり受け継いでいるのでたいへんよくわかります。

まあ、研究者や芸術家の生きかたに価値を置いていたら、サラリーマンの生きかたはしょうもないと思うでしょうね。ですから父は出世欲がまったくひとかけらもありませんでした。ただ生活のためにしようがなく毎日会社へ行っていただけなんです。やっている仕事もきっと一度もおもしろいと思ったことがないはずです。

そんな父を母がどう見ていたかというと、そりゃもう、虚栄心が服着て歩いているような母ですから、万年平社員の父を罵倒しまくりです。年がら年中「ろくでなし! 課長にもなれないなんてクズだよ!」と憎々しげに怒鳴っていました。先生が言われた「働くお父さんに感謝」なんて、三億光年くらい離れた星のハナシですわい。

ああ、ウチの家にはどこをどう見ても「働くのは楽しいね!」なんてポジティブなイメージはまったく存在しませんでしたね。ですから、私が働くのにうんざりして13年前に会社を辞めてしまったのは当然のことかもしれません。

※セミナーレポートは、さらにうんざりするほど明日も続きます。

※セミナー「仕事への向き合い方を考える」その1はこちらです。