むかし習っていたピアノの先生、怒るばかりじゃなかったと思えてきた

昨日晴れてめでたく「ペダル解禁」になったけど、ペダルの踏みかたを忘れ果てておったわ。

最後に踏んだのはいつだっけ?
たぶん20才ぐらいのとき? そんなら37年ぶりかね?

でもまあ、うれしくてしょうがなくって、ベートーベンソナタ1番1楽章であーだこーだやっていたら、ありゃりゃ、なんか少し思い出した。
そうだった。なんかさ、かなり頻繁に踏み変えるモンだったよね。

譜面ニラんでアタマで考えて、ココで踏んでアソコで離してっつーてやってるよりも、あああ、なーんか音聴きながら、う~ん、ここらへんで響くとエエかな?って思いつつ、足に任せてみたら、足が勝手に反応してくれるときもある。

へええっ! カラダで覚えたことって、ほんのちょっとでも残ってるもんだねえ。
レッスンを受けてたのは中学1年までだったけど、そうか、たぶんそれまでにもペダル使ってたはずだろね。

どんなふうに教わったのかまったく覚えてないけど、でも習ったんだ。だからいまデキることもあるんだ。

むかし習ってたときのピアノの先生、ずーっと怒ってた。
そりゃま、練習せえへんコやったから、ま、怒るわな。部分練習なんてタダの1回もしたことおまへん。

で、その先生「ずーっと怒ってたなあ」って、つい最近まで思ってたけど、ソレ、ホンマにそうかな?
このごろふと考えるんだけど、そんなに怒るだけじゃなかったかもしれない。

自分の記憶ではね、怒られたことしか思い出せないけど、ものすごくいろいろ教えてくださったんじゃないかな?
そうでないと、いままったく弾けないはずでしょ?

ウチの母ちゃんが365日怒りまくってるヒトだったから、なんか私って「怒られるポジション」にいると、慣れ親しんでいて落ち着いたのかもしれない。
心理学でよく言われるけど、「年上の女性」って母親を投影するから、ピアノの先生と母ちゃんを重ねていたんじゃないかな。

ちなみに、母ちゃんが年がら年中怒っていたのは、母ちゃんの母親たちがとんでもないヒトばかりだったからだ。母ちゃんの実母は、母ちゃんが6才のときに家出してしまったし、継母1号は母ちゃんを虐待したのち病死、継母2号は自殺した。

そーゆー生い立ちだから、母ちゃんは怒り狂ってたわけだけど、あれ? それもホンマかな?
母ちゃんも、ごくたまにはキゲンのいいときがあったよなあ。つい、殴られたり蹴られたりした記憶ばかりがよみがえるけど、たまーにやさしいときもあったんじゃないかな?

それといっしょで、昔のピアノの先生もたぶん怒ってるばかりじゃなかったような気がしてきた。
なにをどう教えてもらったのか、ぜんぜん思い出せないんだけど。

でも、このトシでピアノ再開できたのは、やっぱりあの先生のおかげだよね。
感謝してる。

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