ピアノレッスン第71回 その1|13才のときにいったんピアノをやめたのが正解だった理由

「ミッションのタネを探す」ワークのなかで、「苦難、試練、痛みだったこと」を考えてみるというテーマもあった。まず「出来事」をあげ、そして「それによって何を味わったか?何を知ったか?」を考察する。

私がクライアント役をやったとき、カウンセラー役のMさんに私はこう言い放った。

「Mちゃん、私これ一個しかないわ」
「え、そうなの?」
「うん、そりゃBRC(ビリーフリセット・リーダーズ講座)に来るまでは、母ちゃん問題とか仕事があかんとか、そういうヤツかと思ってたけど、結局ひとつだけに集約されたわ」
「それはなに?」
「13才のときにピアノをやめさせられたこと。ほんと、それだけ。それ以降スネちゃって、ぜんぶうまくいかなくなったんだよ」


Mさん「ピアノをやめさせられたとき、どんな気もちだった?」
私「う~ん……絶望感だねえ。どうしたらいいのかぜんぜんわからなくなった。なんでいきなりぶち切られるのかワケわかんなかった」
Mさん「やめさせられちゃって、なにかわかったことってあった?」

そうMさんに問いかけられたとき、ふと思い出したのはひとりの友だちのことだった。中学1年から2年のあいだ、一時期友だちらしきひとが数人いた。私のように「みんなになじめずはみだしている子」ばかりにやさしく声をかけてグループを作ってくれた女の子がいた。


私「そのリーダーっぽい子はね、私のくわしい事情はなにも知らないのに、ずっと気にかけてなぐさめてくれたんだよ。ほんと、私のしんどさに寄り添ってくれたな。あんなの、さいしょでさいごだよ。けど、中二のときその子は転校しちゃったから会えなくなったけどね。名まえを検索してもヒットしないし。もし会えたらお礼を言いたいのに」

Mさん「そうなんだね。でも春子ちゃんすごいね。苦難ってこれひとつだけなの?」
私「そうだよ。いまになったらそうだとわかった。あ、だけど、あのときやめてよかったって感謝してるよ」
Mさん「えっ?! どうして?」

私「だって、あのときやめたからこそ、いまのピアノの先生に会えたもん。それに大塚あやこさん根本裕幸さんに会えたのもそうだね。だから、よく思うんだけど、親って心のすごく深い部分では『子どもがどうしたらしあわせになれるか』ってちゃーんとわかってるんだなあって」
Mさん「えーっ?! そんなふうに思えるってすごくない?!」
私「いっつもそう思ってて。だってほんとのことだから、よくそうだなあって思うんだよ」


いや、ほんまにそう思って、いつもレッスンに通ってるけど。Mさんにはくわしく話さなかったが、子どものときに習っていた先生は合わなくてねえ。そう、合わなかった。なんかずっと噛み合わなかった。先生ずっと怒ってる。当時は子どもだし自分が悪いと思っていたが、え?私悪くないかもね。

というのも、いまのピアノの先生に対して「合わない」なんてまったく感じたことがないから。それどころか、私の望みを300%ぐらい盛り込んだレッスンをしてくださる。それにべつに怒られないよ。やってる本人はおんなじなのに、しかもいまはすげー老朽化しとるのに、なんでこんなにちがうのっ?!

で、思うんだ。やっぱりあのときやめてよかったなって。母ちゃん父ちゃん、やめさせてくれてありがとう! と機嫌よく今日もレッスンに向かう。

※レッスン記録は明日書くよ。

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ にほんブログ村 ランキングに参加しています。お好みのカテゴリーをポチッてくだせえ。おねげえしますだ。