やさしい男性だなあと感心する|Aさんとお食事に行ってきた その3

Aさん(推定40才の男性)とはじめてお食事に行くというのに、行きのクルマのなかで「あたいの傷をなんとかしてえ!」ともう少しでやっちまうところだった。ふう、あぶねえ。

なんすか? その傷ってのは? まあ以前に住んでいたマンションがクルマから見えて想起した。

そのマンションに住んでいたときバイオリン弾いてて手が故障した→その前に電子ピアノでも手が故障→そもそもずっと前からピアノを再開したかったが抑圧→ピアノは13才のとき親に止めさせられた→てめえら、なんで勝手に止めさすんだよ!→親にひどく傷つけられた→その傷じゃん!

つまり、マンション見ただけでその傷がやにわにうずいて、手近にいるAさんに「ねえねえ、あたい45年前から傷ついてんだよう、なんとかしてよう」とやってしまいそうになったわけだ。


けれども「その傷ってなんなん? 本当に傷なん? いまも傷つきつづける必要あんの?」って、いまはさすがにそう考えられるよ。なにせ「ビリーフリセット・リーダーズ講座」で9ヵ月学んできたからね。ああ、傷ってビリーフ(思い込み、信じ込み)だな、リセットすりゃいいんだなってわかる。

まあ、「子どもを傷つけた親」というのも、じつは「自分の内部に存在する親」であって、リアル親とはまったく関係ない。ちょっとわかりにくいかもしれないが、「自分の内部に存在する親」というのは「自分の一部」であって、要するに「自分で自分を傷つけている」ことになる。

なので、そういうカラクリに気がついて、「うげえ、そんなアホくさいこと、もうやめじゃ!」と思えたら、その内戦状態から抜け出すことができる。ただ、私の場合は「ビリーフリセット・リーダーズ講座」に行かないと、そのカラクリをまったく自覚できなかった。ふつうはそうだと思う。

じゃあ、もしいままで通りカラクリがわからずに生きていたらどうなるか?


それはもう、他人に対していつまでたっても「親に傷つけられたあ、なんとかしてえ」を延々やりつづけることになる。ま、「親の傷が大元」とも気がつかない。私がマンションを見たときのように、なんか知らんけどものすごく話を聞いてもらいたくなって、クドクドとグチをこぼしつづけたりする。

たぶん、私の周りにいたひとたちは「なんか、こいつめんどくさいんだよね。いっつも機嫌悪いし、スネてるし。扱いづれえわ、できるだけ関わらんとこ」ってやってたと思う。

まあもう、機嫌が悪いヤツとか文句ばっかし言うてるヤツ、他人に振り回されるヤツ、やる気ないヤツ、これぜんぶ私だけど、ビリーフまみれなんだよね。

さて、Aさんのクルマのなかでは一時ミョーな具合になったが、おそらくAさんは深く考えることもなく、無事にうどん屋に到着した。Aさんは、右手のひらだけをハンドルにあてがいグリグリッと一気に回して2秒で駐車した。かっこええな。


うきうきしながらお店のなかに入りテーブルについた。私はメニューを広げてAさんに渡した。Aさんはすかさずそのメニューを横向きにして、私にも見える位置に変えた。おう、さすがAさんじゃのう。

Aさん「なににします?」
私は早く決めたほうがいいかと思って「本日の定食にします」と答える。

Aさんは「じゃあ」と言って、店員さんを呼ぶボタンを押し、私の分も注文してくれた。店員さんが行ってしまったあとは、Aさんは備え付けのおしぼりとお箸を取り出し、あっという間に私の前に並べてくれた。お、おう、さすがAさん! 前からすごく気が利くひとだと思っていたがそのとおりだった。

そしたらAさんが「それで、話ってなんですか?」
えっ?! 私そんなこと言ったっけ? そうだ、「お話しましょ」とは言った。それをAさんは「なんか話がある」とカン違いしていたらしい。


私「いえいえ、『話がある』んじゃなくて、おしゃべりとかしようかなあって思っただけですよ」
Aさん「あ、そう。その話? 会話のことですか?」

「そうそう、会話です。会話しましょう」
「ああそうですよね。ひとりだしね」

そのAさんの「ああそうですよね。ひとりだしね」は、とてもやさしく思いやりのこもった言いかただった。「そうか、寂しかったんだな」というニュアンスが伝わってきた。

私はすなおにうれしかった。

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ にほんブログ村 ランキングに参加しています。お好みのカテゴリーをポチッてくだせえ。おねげえしますだ。


タイトルとURLをコピーしました