過労死からほど遠い会社ってだけで平和

今日は雑用がモシャモシャ湧いてきて、みんなそろって帰るのがおそくなった。お店を出たのが夜9時10分だ。朝、ワシは7時40分に出勤だけど、それよりももっと早く出勤しているヒトもいる。ふう。みんな、働きすぎちゃう?

でも、帰り際にちょっとハナシをした営業担当の男性は「まだ早いほうです。前に勤めてたところは夜10時11時が当たり前でした」という。ああ、そういえばそうだよね。ワシもOLやってたときは、すっげえブラックでさ、ワシ→朝7時出社、夜10時退社、男性陣→朝6時半出社、夜11時退社だったよねえ。

で、やっぱり死んじゃうヒトがいた。知ってるヒトだけでもふたり亡くなって、もうひとり脳出血で意識不明になり生命保険が支払われた。亡くなったヒトのうちのひとり、Aさんは関東支店のヒトだった。ワシは関西支店なので直接会ったことはないけどよく電話で話していた。



Aさんもほかのヒトたちと同様激烈に働いていた。Aさんから届くメールの時刻が夜中の2時や3時だったりで、ああ、泊まり込んでやってるんやなとわかったりした。あるときAさんが電話のとちゅうでふとこうもらした。「春子ちゃん、ボクもう疲れちゃった。ダメかもしれない」

「え?だいじょうぶですか?Aさん?」ワシは動揺してうまくコトバが出てこなかった。そうしているうちにも、ワシんとこの電話が何本も鳴りつづけているので、気になりながらも早々に電話を切り上げてこっちの仕事に取りかかった。当時は「〇〇会社、皿回し」とか言われてて、ホンマちょっと油断するとあっちの皿こっちの皿が落ちそうになるんでみんな血相変えて走り回ってた。

それから十日ほどしてから、Aさんは亡くなった。会社の診療所でコト切れた。当日Aさんは「気分が悪い」と言って診療所を訪れ、お医者さんと問診中に倒れた。救急車で搬送されたけどダメだった。ホントにダメになってしまった。

もう二十年以上まえのことだ。そういう時代だったんかねえ。当時その会社の上のヒトとかは「むかしはもっとスゴかった。営業成績が悪いと上司が鉄の定規で部下をメッタ打ちにした。年に3日しかウチに帰れないトシもあった」って言ってた。



いまネットで、その会社の評判をしらべると、そんな働きかたはすっかり払拭されていた。残業もほどほどだし有給休暇も育児休業も取れている。そこまで改善されたのは、もしかするとAさんをはじめとする何人もの「人柱」のおかげかもしれない。

むかしのそんなこととくらべたら、いまのパートは格段に平和である。まあまあ長い勤務時間だけど、日中わりかしのんびり仕事をできる。バタバタするのは一日合わせて1時間もないだろう。ものすごく厳密さを要求される内容でもない。店長や先輩パートさんもいいヒトばかりで、スタッフ同士ではいつも冗談が飛び交っている。

思うに、商売のやりかたが上手なので余裕があるみたいだ。小さい商店なので社会保険も有給休暇もないけれど、だれかがぶっ倒れる気配はまったくない。ワシはいろんな職を転々としてきたが、ココがいっちゃんゆったり働けるとこかもしれない。

だから、辞めへんよ。

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