母の話は、まだまだつづいた。
「ここの施設の費用はね、高くてね、年金はちっとも残らないの。
でも、お風呂に入れてもらえるのが助かるわ。
それも、一人ずつ毎回お湯を替えてもらえて、それがうれしいの。
お風呂は気もちいいわ」
「去年1月はね、圧迫骨折になって、3ヵ月間寝たきりだったの」
えーっ?! そ、そんなっ?!
……と、私が少し話そうとしかけても、母が立て続けに話すので、そのスキがない。
そんなに急に、気を高ぶらせて話をして、身体に障らないだろうか?
「一昨年12月末に、腰が痛くて歩けなくなったのよ。
もうガマンできないほどの痛みで。
でも、施設のヒトに言っても、なかなか病院に連れて行ってもらえなくて。
もうしょうがないから、とうとう『じゃあ、私、救急車を呼びます!』って言ったら、やっと連れて行ってくれて。
そしたら、背骨の圧迫骨折だったの」
……う…わ…、家族に頼れないと、そんな目に会うのか。
いやいや、ものすごい罪悪感に襲われる。
「退院して、施設に帰っても、ずーっと歩けなくてね。
ベッドのすぐ横のモノも取れないし、トイレも行けない。
それで、ぜんぶコールして、施設のヒトに来てもらってたら、あとですごい金額になったの。
そういうの、介護保険外になるから、全部で50万以上も請求されて。
毎月の決まった費用以外に、それだけかかって、もう貯金がゴッソリ減って。
これからは、絶対病気できないって思ったわ」
いやいやいや、それは……もしかすると「介護度の区分」を変更して、もう少しなんとかなったんじゃないか?
いや、私はまったく介護保険のことを知らないから、憶測にすぎないけど。
「あとね、お葬式の費用はだいじょうぶよ。
私、ちゃんと積み立ててあるの。
心配しないでね」
そ、そんな……
「前は、本を読むのが楽しみだったけど、もう目が疲れるから読めなくなったの。
でも、新しいラジオ買ったのよ。
それね、CDもかけられるラジオなの。
ヨドバシカメラに電話して買ったの。
すごくいいラジオだから、いつか春ちゃんが来たら、そのラジオ、見てね」
……も、もう、あまりに母が哀れで、涙が止まらない。
まだまだ話したそうな様子だったが、きっと疲れるだろうから、今夜はいったんおしまいにして電話を切った。
なんというか、「あどけない子どもを見捨ててしまった母」のような気もちだった。
現に、母の実母は、母が6歳のときに家出をしてしまった。
ほんとに完全に見捨てられているのだ。
それなのにね、我が子にまで見捨てられてね。
なんと哀れな人生なのか。
そして、その加害者が私であるという事実。
一瞬、私は全力をかけて、母に償わねばならない、と思いかけた。
が、しかし。
いやいや、母の人生は大切だが、私の人生も大切だ。
私は私で、やりたいことがある。
そのひとつはピアノ。
そういうことを犠牲にすることなく、母によろこんでもらえるよう、いろいろ画策しようと思う。