小川洋子「患者さんが治っていく時には、何か『ものすごくうまいこと』が起こるということを、お書きになっていらっしゃいました。」
河合隼雄「そうなんです。僕の患者さんが治っていった話をそのまま書いたら、あまりに都合ええことが起こりすぎて、作品にはなりにくいと思います。現代の人は、小説の中で都合のよすぎることが起こると、納得が行かない。そやけど僕の患者さんが治っていくときには、極端なこと言うと、『外へ出たら一億円落ちていました』というくらいのことがよく起こる。
ある時、治療がうまくいったことをしゃべったら、『うまくいくはずや、偶然がいっぱい起こってるやないか』って言われました。」
河合隼雄(臨床心理学)と小川洋子(作家)の対談「生きるとは、自分の物語をつくること」からの抜粋ね。「シンクロニシティ」(意味のある偶然の一致)について話が及んだところ。
昨夜、父ちゃんがオペラ好きだったと思い出して、そういえば父ちゃん鉄板の歌手は「某女声歌手」だったなあと思いを馳せる。かなりむかしの歌手。父ちゃんは器楽曲よりもオペラや歌曲が本命だったから、ピアニストよりももっと入念に歌手を吟味していた。
で、昨日の夜、その「某女声歌手」のYouTubeを探したりして、う~ん、このヒトのCD欲しいなあ、まえからそう思ってたけど、いちどちゃんと聴いてみたいなあ。でもどのCD買ったらいいのか、ワシにはさっぱりわからん。
てか、こんだけ忙しいんだから、歌曲のCDを検討する余裕なんてぜんぜんなし。あきらめよう。歌曲を聴くのは来世に回ってもしょうがない。いまはピアノの練習が最優先や。
ということで、今日はいつものようにピアノのレッスンへ行った。今回はわりかしまんべんなく練習したつもりだった。いままではどうしてもシンフォニアにかまけすぎて、とくにソナチネをほとんど弾けないままエラいありさまで持っていってたけど、まあまあ(部分+通し21回)練習した。
▼ハイドン/ソナチネ第13番第2楽章
一度よたよた弾いてみたら、先生が「こういう曲は、歌をイメージするといいですよ」と言われた。そして、これまでにもときどきしてくださったように、先生がYouTubeで検索して参考になる曲を聴かせてくれた。先生のスマホは、そのままオーディオで鳴るように設定されている。
恥ずかしいけど、ワシって歌手の名まえをぜんぜん知らなくてね。先生が「ダレソレです」と言われても「は?」 曲のタイトルも「は?」 あわててメモしようとしてたら、歌手の名まえは先生が書いてくださった。ただ、一曲は聞き覚えがあった。むかし父ちゃんがレコードかけてたからね。
そのうち先生が「ちょっと練習していてください」と言われて、レッスン室から出て行かれた。なんだろう?と思いながら、ワシはひとりでポッツンポッツン弾いていた。
しばらくたって先生が戻ってこられて、一組のCDを差し出された。「勉強になりますから、聴いてみてくださいね」
ありがたく受け取って貸していただくことにした。
しかし、そのCDの歌手の名まえを見てドギモを抜かれた。
その歌手は、まさしく父ちゃんがゾッコンだった「某女声歌手」だったのだ!
あんまりびっくりすると、なにも言えなくなるね。
ワシ「ありがとうございます」ってボソッとお礼言っただけだった。
まさか昨日の夜に「その歌手のCD欲しいなー、でもどれ聴いたらいいかわかんねーなー、もーあきらめよー」って思っててさ、つぎの日にピアノの先生が「はい」って渡してくれるって、ありえるかっ?! 「外へ出たら一億円落ちていました」級じゃん!
歌手についてのお話はまだつづいた。先生がおすすめの歌手をほかにも教えてくれた。その歌手はいま現在ヨーロッパのある国で大学教授をされているという。その大学の名まえが引っかかった。ワシ、なぜか知ってる……
帰りのクルマでふと思い出した。そうだ。あのヒトもその大学で教授をしていた。あのヒトとは、ワシより2才年上だったあのおねえさんだ。めずらしい名まえだったから、数年前に検索したらすぐにわかったのだ。当時あんなにピアノの先生にほめられていた上背のあるおねえさんは、そんなヒトになっていたとわかった。
そりゃもうまったく別世界のハナシだけど、でもパッと火花が散ったみたいだった。ぱーん、ぱーんと2連発。
だから、ああピアノ弾くってのは正解だったんだなとあらためて納得した。
そして、とてもうまくいっている、これからもきっとだいじょうぶとなんの根拠もないけど、そう思った。