「オノレの変人ぶり」がズームですっかりあぶり出された

私は、相当おかしい。

いや、これまでも他人からよく「変わってるね」とか「変人だけど害はない」とかいろいろ言われてきた。そうそう、母ちゃんもときどき「あんたおかしいわっ! 前からおかしいとわかってたけど、ここまでおかしい思わんかったわっ!」と金切り声を上げてたな。

なので自分が変人であることは、大むかしから自覚しているつもりだった。ところが、その変人ぶりの認識が非常に甘かったと判明した。

どういうことかというと、おとつい妹とズームで長時間話した。妹とのズームははじめてだ。


さて、そもそもズームってさ、アレ「自分の顔を写す」必要ってあるのかね? だってリアルの会話でさ、「自分の顔を見ながら」しゃべるなんてシチュエーションは考えられないよね? しかし、ズームは当たり前のように自分の顔を見ながらしゃべるハメにおちいるじゃないか?!

まあ、そのおかげでわかったんだよ。
なにが?

いやあ、自分の変人ぶりがさ、よぉくわかったんだよっ!
自分の奇妙奇天烈な表情や身振り手振りを目の当たりにして愕然としたよっ!

これまでズームは何度もやっている。しかしそれは、心理学セミナーかカウンセリングの自主トレーニングだった。そういうのはやっぱり「よそゆき」の顔なんだよね、いちおう。


けれども妹としゃべっているときはいちばん「素の自分」に近い。その「ありのままの自分」っていうのが、想像を絶するほどおかしいヤツだった。かなり衝撃だったねえ。たとえばさ、電車とかでそんなヤツと乗り合わせたらさ、これは危ないと思ってさりげなく隣の車両に移動するほどのレベルだった。

まあ妹は、ここまでおかしい姉であってもきっと慣れているんだね。なお妹もちょっと変わったところのあるヒトなんだが、ズームの私と比べたらまったくもってごくごく「ふつうのヒト」にカテゴライズされるね。

「素の自分」を見ていていちばんげんなりしたのは、すさまじいオーバーアクションだった。もともと母ちゃんがヒステリックで感情的なヒトだった。怒髪天を衝くような怒りってのにはしょっちゅう遭遇していて殴る蹴るが日常茶飯だったが、まさか自分がそんなのに通じるような感情表現をしていたとは夢にも思わなかった。

とくに、私自身が感動した体験とかを妹に話すときなんか、そ、そないに大仰に目ェむいて大口開いて両手を振り回して、うわっ!ありえへん!ネジ100本ぐらいはずれとるわっ! へええっ!私はここまでおかしいんだっ!素の私って狂っとるわっ!

しかし、そんな状態のときがいっちゃん気もちええねん。そうそう、思えばそれが私の自然体であって、ふだんはそれを出さないように懸命に努力していると気がついた。てか、妹に対しても100%は出していない。いくばくかの遠慮があるからだ。


なるほどねえ、「本来の自分」ってのは、あの母ちゃんをしのぐほど「感情的」なんだねえ。なんかつねに「爆発」していたいヤツなんだねえ。

たぶん、こういうのは他人にもわかっているんだろうな。いろんな意味で「一触即発」なヤツだと、そうか、だからヒトが寄って来ないんだな。

そうか、だからみんなキナ臭い顔つきをするんだな。
そうか、だから精神科のお医者さんが「ハロワの求人は向かない」って言うんだな。

そうか、だから延べ600山とか登ってきたんだな。
そうか、だから北海道80日間車中泊放浪とかやるんだな。
そうか、だから還暦越えてから某芸大行くとか言い出すんだな。

そういうヤツだと、自分のズームを見て、肚の底から納得したよ。
どないがんばっても「ふつう」にはならんわ。


「ふつう」にならないとパートが務まらん、もっと「ふつう」のフリせえへんとあかんて思てたけど、いやあ、ここまで「狂い」がデカいヤツにそんな演技できるん?

もし「こんなヤツ」がカウンセリングに来たとしたら、私はこう言うだろう。「『ふつう』は向いていないと思います。あなたにしかできないなにかがあるはずだから、それを探してください」

へえへえ、そないしますよってに。
いま、ふたつ見つかっとる。山とピアノ。

あとはなあ、ゼニ稼げるなんかを見つけんとなあ。
ずっとまえに、カウンセラー根本裕幸さんに言われた。「ナマケモノはね、ラクして稼げる方法を見つけてください。命がけで探してください」

ラクしたいのに命がけかよぉっ?!ってすっごく不満だったけど、へえへえ、たしかに私は「ソッチ系」だとよくわかった。これからがんばってみるっス。

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