私を「傷つける」のはだれかというと

あ、熱っぽいな、また微熱だな。

個人セッションを受けたあとはよく微熱が出るから、また出た出た、ほれ知恵熱じゃんって気にしていなかったが、午後のパートへ行くまえにハタと思い出す。なんかこのごろ体温とかアレみたいだねって。

こないだ神奈川で「ビリーフリセット・リーダーズ講座」が開催されたとき、1日目の講座のあと、近くのピアノスタジオへ行ったときも、入る前に検温やられたよ。

アレさあ、ピストルで額撃ち抜かれるみたいじゃん。処刑されるみえーな気分になる。ミョーな儀式が流行ってんだな。


で、そっかー、熱あったら処刑なんだな。よし、測ってみようと思い立って、水銀体温計を舌下に入れて、ピアノを15分練習して、目盛りを見たら36.7度だった。やったー、これいけるんちゃう?

よろこんでパート先に電話したら「ほかにコロナの症状は出ていませんか?」と問われる。

なにそれ? 私はテレビないしネットニュースも見ないからそういうのは皆目わからん。そりゃちょっと前に東京と神奈川を巡回してきたから、なんかお持ち帰りしてるかもしんないけど、そないむつかしいこと訊かれてもね。

自覚症状としたら微熱しかないから「ありません」としれしれ答えるも、「出勤しなくていいです」と店長さんに言われたので、ふうやれやれ、休みだ、うれしいな。


てか、これまでも微熱ぐらいしょっちゅう出ていたけど、休むってことを思いつかなかったよ。そっか、べつに休んだらいいんだ。「やってみたら、意外とだいじょうぶ」ってのがもひとつ増えた。

そもそもなんで休みを申し出るのを避けていたのかというと、たぶん「なにか言われる」のが怖かったんだよね。「体調管理が悪い」「これだからトシ寄りは」とか言われそうで、そいでそんなことを言われたら自分が「傷つく」と思ってたんだ。

ちょうど昨日妹とラインしているとき、
私「一歩踏み出すのって、うまくいかないようでイヤ。傷つきたくないからね」(←ピアノを仕事にするとかもろもろ)
妹「やってみないと傷つくかどうかわからないよ」

おおっ! これはすごいっ!と思わず手を叩きたくなった。これってビリーフリセットじゃん!


私は「失敗したら→傷つく」ってビリーフとして思い込んでいたけど、ほんと、妹が言うとおりそれは必ずしもそうじゃない。やってみないとわからないし、もし仮に「傷ついた」と感じても、いったいそれってなんだろう?

私はこれまで長年「傷つかないために」、慎重に注意深く念入りに「ひとを避けて」生きてきたけど、ここに来てとうとう、「傷つけるのは他人じゃない」とわかってきた。

じゃあだれが私を傷つけるのか?というと、じつは「自分自身」であることがようやく飲み込めたのだ。

「私自身」が→「おまえ、いつも寝不足で体調管理悪いな」「トシ取ってどんどん体力落ちてるよな」と「自分を責めて傷つけている」。だから、たまたま他人がその地雷を踏んだとき、自爆して吹っ飛んでしまうのだ。


「私自身」が→「てめえ、ぜったい失敗すんなよ」と「自分を監視している」。なので、失敗を避けるために行動しなくなる。そもそも「失敗」の基準なんかいくらでも変えられるのにね。

というわけで、「やってみないと傷つくかどうかわからないよ」という妹のことばはけっこうドカンと腑に落ちた。これいいよね。なにやるときでも、これを呪文みたいに唱えておこう。あと、よく言われる「起こることは必然」もセットメニューにしとこ。

だいたい妹、彼氏がデキたばかりで絶好調だから、いまならカウンセラーにでもなれそうな勢いだ。うむ、ライフワークを生きているひとって輝いとりますのう。

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