人生はかなり短い|だのにまた「あそこ」に行けるような気がして

三十代ぐらいのときは、かなりセカセカしてたんだけどね。三十代後半なんて日本三百名山をツブすのにやっきになってたから、相当みっちり計画を立てて登りまくっていた。

私はひとりだし登山技術がないから、標高の高い山は無雪期にしか登れない。すると、おおよそ2,000m以上の山は7月~9月のあいだしか登れないのだ。梅雨どきは避けたいし、10月に入ると高いところはすぐ雪に見舞われる。

丸腰のおばはんが登れる時期はとても短い。しかも当時は、体力のある三十代のうちに難易度の高い山はさっさと片付けようと思っていた。毎週水曜日午前11時に、会社を抜け出して近所の公衆電話で177をプッシュして、最新の週間天気予報を聞き、週末二日間に登るべき山を決定した。

もし北海道の天気が悪かったら、九州の山にする。四国を前線が通過するんだったら、東北に行くことにする。日本三百名山は全国にあるから、たいていどこかの山は晴れていた。


行き先を決めて、その水曜日の会社帰り電車のなかで、ぶあつい時刻表をめくってスケジュールを考える。当時はネットがないからこんな手作業ばかりやらんといかん。

出来うるかぎり詰め詰めで三百名山を踏んづけたかった。金曜夜に新幹線を乗り継いで東北の行けるとこまで行って、タクシーで深夜に林道終点まで入ってそこいらでテント泊、翌日東北の一山を登り、頂上踏んでさっさと降りてきて、またタクシーで最寄りの空港へ行き、つぎは北海道へ向かい、また適当に登山口でテントを張り一夜を明かし、翌日曜日は北海道の山をひとつ登ったのち飛行機で帰ってくるとかやっていた。

日本三百名山をやってる連中はたいていこんなふうだった。登山口にある駐車場には、他県ナンバーのクルマがぎょーさん停まっていた。みんなせっせと三百名山めぐりをやっていた。

たまにそのおっさんらと話をしたが、やはり「むずかしい山はちょっとでも若いうちに登っておきたい」というヤツが多かった。


やっかいな山は北海道に偏っている。「カムエク(カムイエクウチカウシ山)は済んだか?」「ああ、行った。幌尻岳(ぽろしりだけ)よりタイヘンだった」「やっぱりそうか。何月に行った?」とかしょっちゅう言い合っていた。

あるとき私がふと「ペテガリは終わりましたよ」と話したら、やや年配のおっちゃんがにわかに目を輝かせて「なら、行けるな」と自信たっぷりになりよった。おっちゃん、こないに貧相なおばはんがひとりで行けたんだから、ワシは余裕かまして行けると思ったらしい。

いやあ、ペテガリむっちゃタイヘンっすよ。1日目は神威山荘(無人小屋)に泊まって、2日目は峠を越えてペテガリ山荘(これも無人小屋)に泊まり、3日目にようやくペテガリ岳を往復、ほんとはそのまま峠越えして帰るらしいが、私は精魂尽き果ててまたペテガリ山荘に泊まり、4日目に神威山荘に戻った。

そのころは峠越えの道もうっすらしか踏みあとがなく、帰りはヤブに突入してかなり迷った。行きも帰りもだれにも出会わなかった。北海道は登山者も少なく、丸三日ぐらいひとに会わない山がけっこうあった。


しかしもう、そんなことは遠いむかしの話だ。四十もなかばを過ぎると、テント泊装備の荷物は背負えなくなった。そしていまや、ウチのマンションの階段すら登るのが難儀なほど足腰がおとろえてしまった。

ああ、好きなことを好きなように自由にできる時期はほんのちょっとなんだなあ。

いまからリハビリをはじめて、いつか二上山(にじょうざん/標高517m)ぐらいは登れるようにしたい。さんざん登り尽くしたから、自分がどういう山で満足できるのかはとてもよくわかる。

べつに二上山でちっともかまわないのだ。私は草原の山が好きだから、小広い草っぱらがいくつもある二上山でひなたぼっこができたら、それだけでなにも言うことない。

ただ、うっかりすると、二上山が登れたら→金剛山も行けるか→一泊二日小屋泊まりも行けるか?などと思ってしまうが、それはどうだろう?


山は遭難しよるからね。現に過去一度ヘリ飛ばしちまったからね。用心せんとな。

すると、あないにやれ北海道じゃー北アルプスじゃー南じゃー中央じゃー四国中国九州とやってたのは、そう、あんなんはあれ一度きりの経験と割り切らないといけないのだ。

けどね、なんかそう思い切れなくて。
またあの景色を見られるんじゃないかと、恋焦がれているようで。

もうけっしてたどりつけないはずなのに、いつかまたあの「遥かなるペテガリ」の頂上を息を切らして踏めるような気がして。

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