ほんとは働きたくなかったんだ、てめえらどうしてくれる?とフテくされていたが

「とりとめもなくダラダラしつづける」のは、いったいどうしたもんだか。

パートを辞めてからもうじき2ヵ月になるが、際限なくダラダラしまくっている。そうしていることに、べつに〇も×も付けていないが、う~ん、「楽しい」とは感じていないかね。

なにやら「ウサばらし」の臭いがすると気づいた。

これまでずっと働いてきて、はあしんどかった、もう金輪際動かねえぞ、タテのものをヨコにもせえへんで。

そんなのが底のほうにオリのように溜まっている。


しかし、私はそういう「ふてぶてしい」感情を感じたいのだろうか?

ちゃうちゃう。
だから楽しくないんだよね。

そもそもなんでそんなにフテくされてしまったか?というと、18才のときからずっと仕事がイヤだったからだ。

まあ、いま思えばもっと早く、せめて三十代ぐらいにはカウンセリングを受ければよかったが、五十すぎるまで放置してたからね。


40年もしんどかったんや、そうやすやすと動かへんでと上目づかいであたりをにらんでいるけど、ええと、ソレやるとまた時間のムダじゃん。

しかも、こないババアになってそんなんで時間粗末にしたら、あっという間に要介護やで。

と、遅まきながら気がついたわ。

ふと思ったんだけど、私、ほんとはどういう感情を感じたいのだろう?

とりあえずいま欲しいのは「万能感」だ。


その万能感を強烈に感じたのは、経ヶ岳(きょうがたけ/福井県/標高1,625m)だった。山頂近くでテントを張り、翌早朝快晴のもと出発して、だれもいない稜線を360度の大展望を欲しいままにひとりで闊歩していたとき、全身がしびれるような万能感を味わった。

「朝日の輝きも、とてつもなくすばらしい展望も、抜けるような青空も、鳥のさえずりも、足元の草露も、すべてが私のために存在している」というよろこびに貫かれたのだ。

あのー、たまたま経ヶ岳にしたけど、深田久弥(『日本百名山』の著者)が「百の頂に百の喜びあり」と言っており、そう、100個ぐらいすぐ出る。「よろこび」の在庫はぎょーさんおます。

で、私がいまねらっているのは、それピアノでイケたらええなあってヤツ。


え? ピアノで「万能感」はありえん?

う~ん、どやろ?

聴いてるひとはともかく、本人が味わうのは不可能じゃないように思えてきた。

いけしゃあしゃあと。

「まるで自分が弾いているんじゃないかのように弾けてしまった」って、そんな感じじゃなかろうか?とアタリは付く。


だって山で降ってきたわけでしょ?
じゃあ、ピアノでも降ってくるんちゃう?
やってる本人はおんなじじゃん。

しかし、当時山で降ってきたのは、そこまでテントかついでホイホイ野宿できるだけの体力と経験があったからだ。

そりゃピアノもいっしょで、それなりのテクニックと経験がないと、そうかんたんに「万能感」なんて降ってこねーよな。

であれば、いまエンドレスでやってる「ダラダラ」にケリつけて、ピアノに投入したいよな。もうちっと体力も増強したいよな。

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