「いちばん欲しいものはなに?」と尋ねられたら

阪神大震災のとき、自宅が半壊した。両親といっしょに住んでいたウチだったが、もう住める状態ではなかったので、手回り品だけ持ち出して、私はひとりで会社の寮に住まわせてもらった。

被災したひとたちはみんなそうだけど、しばらくはタイヘンで落ち着かず、夜熟睡できなくなった。その不眠をやわらげたくてハイキングをはじめた。やってみたらどんどんおもしろくなって、親もいないことだし、ひとりで気軽にホイホイでかけるようになった。

それまではまったく山のことを知らなかったので、私は金剛山(こんごうさん)がどこにあるのかもわからなかった。金剛山というのは関西ではとてもポピュラーな山で、関東でいえば高尾山、ピアノでいえば「エリーゼのために」に当たるかのう。

まあ、エリーゼも聞いたことないのにピアノはじめました、みたいな感じでハイキングをひとりでやりはじめたのだが、さいしょのうちはどこの山が人気あるのやら、どの登山道が一般的なのやらさっぱりわからなかった。


金剛山には、非常に多くの登山道がある。検索したら「48ある」とか出たりするが、まあよく歩かれているルートは10個ぐらい? それぞれ整備状況もちがうし難易度も異なる。でも、どのルートをたどってもちゃんと山頂にはたどりつける。

私の実感で、いっちゃんかんたんに思えるルートは、下から上までコンクリートで固めた道だ。ときどき軽トラが物資を運ぶために通る道でもある。軽トラがふつうに行き来できるコンクリ道だから、街中の坂道とそうたいして変わらない。

ふつうの履き物でなんにも考えずにぼーっと歩いていたら勝手に上までたどり着ける。雪のない時期だったらとても安全で気楽なルートだ。

ただ、そのコンクリ道を往復するだけで、果たして「登山の愉しみ」をどのぐらい味わえるだろうか?

子ども連れのひとたちはよく見かける。ゆるやかな坂道だから小さい子でもだいじょうぶだ。うんと年配のひともゆっくり歩いている。そういう私もぼけーっと歩きたいときはこのルートを使った。



けれども、登山回数を競っているツワモノたちは、最短距離で最速で登れる登山道をガシガシ登り降りする。ほぼぜんぶ段差の大きな階段の土道だが、数百回数千回登る連中は大股で軽々と登っていく。

山頂で登頂スタンプを押してもらえるが一日一個という決まりがある。なので、回数を稼いでいるひとたちは早朝4時とかに往復して、それから仕事に行くという。ソレ365日がんばっているらしい。そうすると数千回とか一万回とか達成できる。

なんの変哲もないコンクリ道じゃなく、猛者がガンガン往復する道でもなく、ほかにも登山道はいくつもある。趣のある細い登山道は、難易度が上がるし時間もかかるものの、変化に富んだ自然を味わえる。

そういう登山道はよく谷筋につけられており、ひとも少ないので、私は好んでそういった細い谷道を用心しながらゆっくり登った。澄んだ流れを間近にながめたり、危険個所をトラロープに助けられたり、谷を離れたのち、木の根がはりめぐらされてこれまた歩きにくい急斜面をよじ登った。



先日ピアノのレッスンでは、またしても「ドレミファ|ソファミレ」の弾きかたをみっちりご指導いただく。

かれこれ合わせて1時間以上は、「ドレミファ|ソファミレ」について解説してもらっている。

先生はいくどか「そりゃね、ドレミファ|ソファミレなんてだれでも弾けます。バイエルでもありますよ」と言われた。

「しかし、最適な理想のラインがあるんです。うつくしい音を出せるラインです。その道は広くはない。かなり狭い道なのです。おおよその道案内はできます。けれども、ひとりひとり異なる道です。体格も骨格もちがいますからね。それを見つけるためには自分で試行錯誤しないといけないのです」



「ドレミファ|ソファミレ」の折り返しのてっぺんで、まるでふわっと花が開くかのように、よい香りが匂い立つかのように、そんなふうに弾きたいと望むなら、その道を自分で探し当てねばならない。

バイエルでよちよち弾く「ドレミファ|ソファミレ」は、あのコンクリ道みたいだね。

すでに何十年もピアノを弾いているベテランのひとたちは、急階段などモノともせず猛スピードで駆け抜けられるだろう。

でも私は、自分だけの細々とした谷道を探すことになる。

せせらぎや花にも出会いたかったら、ひとりでまた山の中に分け入ることになる。

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