母は、2000年からA市に住んでいる。
そして、A市が大好きで、さらにそのA市のうちでもB区を、とくに偏愛している。
で、A市B区に住むこと、すでに23年。
その間、賃貸マンション1 → サ高住1 → 賃貸マンション2 → 賃貸マンション3 → UR賃貸 → サ高住2、と転居。
しかし、そのすべてが「A市B区」内だった。
それほどに母がA市を好きなのは、私もよくわかっていた。
だから、今年7月から母と同居するにあたって、私のほうがA市に引っ越すことにした。
まあね、そりゃあ、私の住んでいる地方に、母が来てくれたら、いろいろ便利ではあった。
けれども、年寄りが長年住み慣れている土地を離れるのは、大きなストレスになるだろう。
母は、サ高住で他人に囲まれて苦労していたから、その埋め合わせもしたくて、私がA市へ移り住んだ。
さて、母がサ高住に居たころは、週3回デイサービスに通っていた。
なので、在宅介護になってからも、引っ越しの疲れが取れたあとは、母がデイへ行くものだと、私は当初そう考えていた。
そして、デイで母を預かってもらっているあいだに、私は「自分の用事」のための外出をするつもりだった。
いっちゃん大切な「用事」は、ピアノのレッスン。
レッスンを止めるつもりは、さらさらなくて、従来通り毎週レッスンに通うのが当たり前、という認識だった。
だが、転居して3ヵ月が過ぎたいま、母はいっこうにデイへ行く気配がない。
そもそもデイは、母にとって楽しいモノではなかった。
手作業が苦手な母は、塗り絵や工作が苦痛だったという。
ゆいいつ好きな歌も、めったに歌う機会がない。
まだコロナの影響で、カラオケなど歌を禁止しているデイも多いらしい。
加えて、足がますますおとろえてきたので、外出そのものが危なくておっくうになる。
たぶん、母はもう、デイサービスへは行かないだろう。
となると、「母がデイに行っている間に、ピアノのレッスンへ通う」可能性は消滅する。
つぎに私がたくらんだのは「定期巡回サービス」である。
私が長時間外出している間、ヘルパーさんにピンポイントで来てもらって、母に異状がないかを確認してもらうサービスだ。
たとえば、転倒して立ち上がれない場合とかも介助してもらえる。
昼食の用意もヘルパーさんに頼むことができる。
ところが、だ。
母ちゃん、顔色を変えて激高した。
「これ以上、他人がウチに来るなんて、ぜったいごめんだわっ!」
そうそう、まあ母に限らず、他人の世話になるのはわずらわしいもんだ。
いま現在、ケアマネさんや、入浴介助ヘルパーさんがウチにやってくるのも、非常にイヤがっている。
その事実をわかっていながらも、私は、ピアノレッスンのための外出を、なんとか許容できないものか、母にお伺いを立ててみた。
ちなみに、いまのウチからピアノの先生ご自宅まで、片道120kmとかなり遠方だ。
母は申し訳なさそうに、こう言った。
「いいお返事をできなくてごめんなさいね。
春ちゃんには悪いけど、私、どうしても他人に会いたくないの。
サ高住でさんざんイヤな目にあったから、もうぜったいイヤなの」
ふう。
じゃあ、母の望みを叶えるためには、私はこれからずっと、どこへも外出できないのだろうか?