今日は、いよいよ母がサ高住を出て、新居へ移動する日。
予定では、私がサ高住へ10時半に到着して、母の身の回りのモノをちょっと運び、あとは「本人本体」をクルマに乗せるつもりだった。
それまでに、母はデイサービスで、最後のお風呂(機械浴)に入ることになっていたが、なんといちばん最初に入れてもらえて、9時半には、母から私に電話がかかってきた。
うん、北朝鮮にも、いいヒトはいたんだな。
なので、私にしてはまずまず早めにクルマで出発したものの、うわっ、渋滞していた。
これまで私は、渋滞には無縁の地方ばかりで暮らしていたので、めずらしくてびっくり。
渋滞ってタイヘンすねえ。
感心している場合じゃなくて、サ高住への到着は、10時40分だったかね。
だいぶん遅くなったし、とりあえずサ高住の前にクルマを駐車して、母ちゃんの部屋へ行く。
にもかかわらず、母ちゃんはゴキゲンだった。
おかしいな、むかしなら、こんなときは怒っていたのにな。
と、私はドギマギする。
まずは、持参した布団袋に、母のベッドパット、掛け布団、枕などを詰め込み、他の荷物といっしょに、クルマに載せに行く。
そしたらさあ、フロントガラスに、見慣れない「黄色いシール」が貼ってあったんだよっ!
ひゃあ、こんなの、貼ってもらったの、はじめてなんだけどっ?!
一瞬、母には黙っておこうかな、と思った。
やっぱり母ちゃんのキゲンを損ねるのが怖かった。
でも、「母のキゲン」に振り回される自分は、もうイヤだった。
そもそも「母のキゲンは、母のモノ」。
母が「怒る」のも、どうするのも、それはすべて「母の自由」なのだ。
で、私も、そういう母を見て、自分がどう反応するか?
それは、自分自身が選択できる。
やっぱり「私も自由」なのだ。
だから、母の部屋へ戻ったとき、私は母ちゃんに、
「あのね、いまクルマ見たらね、なんか黄色いデカい『お札』が貼ってあったよ」とボソッと言った。
そしたら、母ちゃん、
「え?! そんな駐車違反っ!
あんた、早く戻らないと、もう1枚貼られるよっ?!」
「ええっ?! そうなん?! ウソ、2枚3枚って増えるのっ?!」
「ちがうかな?」と母ちゃんは言うなり、ゲラゲラ笑い出した。
私も、フロントガラス中に何枚も違反シールが貼られているのを想像して、吹き出してしまった。
いくらなんでも、そんなに増えへんやろっ?!
それから、ふたりでもう少し荷物をまとめて、階下に降りて、たまたま居たスタッフさんにあいさつをして、「札付き」のクルマに乗り込んだ。
私が違反シールをはがしている間、母ちゃんは、クルマのなかでうれしそうに笑っていた。
やっとひっぺがして、運転席に戻ったら、
「あんた、ごめんね、私が払うからね」と言ってくれる。
「いやいや、うっかり停めた私が悪いよ」
「なんぼ?」と言うので、シールを渡したら、母ちゃんはシールをしげしげ眺めて、
「値段、書いてないわ」
それ、値段って言うかっ?!てんで、またいっしょにゲラゲラ笑った。
それから、コンビニに寄って、母ちゃんが食べたいモノをどっさり買って帰った。
新居に入ってからも、母ちゃんはずっとキゲンがよかった。
私がパソコンを触っているときは、母ちゃんは母ちゃんで、自分の部屋でラジオを聞いて楽しんでいた。
ああ、もう、むかしの母ではないし、むかしの自分でもなくなったな、とつくづく思った。