なんだか毎日「もの忘れがヒドくてどーのこーの」と言いつづけているが、目下の悩みは「あらゆることが記憶に留まらない」ということなので、いまの自分の正直な気もちを記すとこんな具合になっちまう。
じっさい今日もパート先で、先輩パートさんに「だいじょうぶですか?」と言われてしまった。一日一度することになっているごく単純な作業をコロッと忘れてしまったからだ。どうしても思い出せないので、備忘録のメモ帳めくって探していたら、その先輩さんがすぐにやりかたを教えてくれた。しかしさすがにあきれたらしく「だいじょうぶですか?」というコトバが出たんだろう。
その作業は、たとえば「部屋の明かりをつけるには→スイッチを押す」程度のごくごくかんたんなことだったのに、でもワシは思い出せなかったんだ。
お店にくるお客さんのなかには高齢のかたもいる。たまたま今日来られたかなり年配の女性が「クレジットで支払います」と言ってカードを差し出した。見るとそのカードはクレジットカードではなく病院の診察券だった。
ワシはていねいにお返ししてやんわり「クレジットカードはお持ちですか?」と尋ねたけれど、その女性は「それがクレジットですよ」と言われる。ごくひかえめに「これはもしかすると〇〇病院の診察券でしょうか?」とワシが言っても「いいえ、クレジットです」とおっしゃる。
そうこうしているうちに先輩パートさんがのぞきに来てくれた。先輩さんは「あー、また春子がクレジット決済のやりかたがわからずにお客さんを待たせている」と心配して来てくれたのだ。
先輩さんに事情を話して、先輩さんからもそのお客さんに「これは診察券かもしれませんね」とやさしく話してもらって、そうしたらその女性は「ああそうですか」とようやくわかったらしく本モノのクレジットカードを探しはじめた。
やっとクレジットカードを受け取って、ところがこんどは、ワシがクレジット決済の手順を忘れてしまった。マゴマゴしていたら、まだそばにいてた先輩パートさんが代わりにやってくれた。
このお客さんひとりの買い物に、ああどれほど時間がかかったことか! その年配女性のカン違いは、まるで自分を見ているかのようだった。そういうことをワシもしょっちゅうやっているからね。
お客さんはクレジットカードと診察券の区別がつかない。やっと受け取ったクレジットカードを、ババア店員はどう処理したらいいのかわからない。
お客さんはともかく、こんな店員どないすんねん? いやあのね、クレジット決済ってめったになくってさ、本当にやりかたがいつもわからなくなる。ホンマそれだけ。なので、お客さんに「クレジット」って言われると血の気が引くんだけど、そのたんびにわからない。備忘録をめくって探す。
そして今夜もレジ締めに長時間かかる。毎度毎度はじめてやるみたいにとまどう。このごろは先輩パートさんもめったに手伝ってくれない。自分でやったほうが勉強になるからと任せてくれる。とはいえワシのレジ締めがあまりに遅いので、みんな帰る時間が遅くなる。
いつものように周りのヒトたちに「すいませんすいません」と謝りまくって、合う合わないに悩みまくってなんとか終わらせる。オカしいな? このパートはじめてもう4ヵ月になるのにまったく慣れない。
くたくたに疲れ果てて真っ暗な夜道をたどってウチに帰る。ちゃちゃっと晩飯を食ってから電子ピアノで練習する。いつもハノンからはじめる。ハノンのさいしょのあたりは2巡目だ。1巡目は楽譜どおりのハ長調だったが、2巡目のいまは、先生が指定された調に移調して弾いている。
今回の課題は「ハノン10番をデスドゥアーで」とのこと。なんですか?その「ですどぅあー」って?とワシはドイツ語がわからんのだが、まあ調べたら変ニ長調のことだとわかる。で、そもそも変ニ長調ってフラット何個あるのかわからん。たぶん5つぐらい付いてるような気はする。でも何の音にフラットがつくのかはさっぱりわからない。
けれどもさいしょの1音目は「変ニ」だな。ならば「レのフラット」からはじまるんだなということはわかる。そしてレのフラットからはじまる音階は弾ける。ああこんな感じだな。そうしたら、10番をレのフラットから弾きはじめれば、ゆっくりだったらとくに何も考えなくても通して弾くことはできる。毎日2回弾いておしまい。
たぶんレジ締めのほうがかんたんなことなんじゃないだろうか? 音階の練習は去年から今年にかけて全部の調を習ったが、しかしすぐに移調して弾くってのはそうかんたんではないかもしれない。むかし移調の練習はまったくしたことない。音階やったのも小学生のときだし。
でもワシにとっては、レジ閉めのほうがはるかにむずかしい。こんなにしょっちゅうやってるのにまだスムーズにできない。
ああきっと、レジ締めっていう作業そのものがワシには向いていないんだな。クレジット決済も向いていないんだな。だれでもそうだけど向き不向きがあるんだよね。パート行ってると、ワシはなぜにどうしてふつうのヒトがデキることがこんなにもデキないんだろう?と毎日ため息をついてしまうけれど、もうええか。
アルペジオの練習はヘ長調になった。ハノンのアルペジオははじめてだけど、ハ長調イ短調は各々一週間で合格になっている。ヘ長調アルペジオは、今日も念入りに10回練習する。レジ操作はなにひとつ満足にデキないけれど、ふう、ピアノの操作はまずまずかねえ。
もうね、レジはあきらめよう。怒られたら、まあ謝っておこう。勝手に忘れるんだからどうしようもない。クビになるならそれはそれでしかたない。また別のパートを探そう。
自分に向いていることだけやっていたらそれでいい。レジ締めの達人になるために生まれてきたんじゃないと思うから。