引きこもりの才能? いや、モヤモヤするならそうとは言い切れない

私はこれまで長いあいだ他人軸で生きてきた。
とくに働いていたときはソレが顕著で、自分の仕事ぶりをヒトがどう評価するか?ばかり気にしていた。

評価といっても、給料が上がるわけではない。
むしろ、残業代を請求しないヒトとか、無償で休日出勤するヒトとかが「すばらしい人材」と評価される会社に勤めていたので、ついつい「タダ働きがいちばんエラい働きかた」だと思い込んでいたフシがある。

で、じっさいにサービス労働をすればするほど、その会社ではホメられた。
他人軸の私は、ホメられることがなによりもうれしかったが、しんどいなあとも感じていた。

でも、サービス労働をやめてしまったら、きっと「根性のないダメなヤツ」というレッテルを貼られてしまう。
だから私は「エサをもらえなくても芸をする犬になろう」と思っていた。

その結果どうなったかというと、お約束の燃え尽きが待っていた。
やっぱりこのときの燃え尽きがいちばん激しくて、景気よくハデに炎上しておったな。
妹にもすっかり迷惑をかけてしまった。あのときはすまんかったのう。

さて、そのお祭りから十数年が過ぎた。
そのあいだごくたまにパートに行ってみたものの、すべて長続きせずに数ヵ月でケツを割っている。

では、私はすべてのことが長続きしないのだろうか?
いや、そうではない。
たったひとつ安定して続いていることがある。
それは「引きこもり」だ。引きこもりだけはなにも苦労せずごく自然に営々と続けている。

「10年以上続けているモノがあれば、その才能があるということです」と、カウンセラー先生がつねづね言われているので、ああそうか、私には「引きこもりの才能」があるんやねと思ったりもした。

やっぱりウチに引きこもってウダウダしているのが好きだ。
放浪も好きだけど、外をウロウロしていたってヒトと話すことは極力避けており、結局引きこもりの車中バージョンにすぎない。

けれども、私は引きこもるために生まれてきたのか?と考えると、少しばかり割り切れない気もちになる。
もしかして、引きこもり以外にやりたいことがあるんじゃないかねえ。

ここらへんがモヤモヤし続けているので、ひさしぶりにセミナーを申し込んでみた。
「ライフワーク」をガッツリ考えるセミナーで、「本来の自分らしい生きかたとはどんな生きかたなのか?」を明らかにするための3日間セミナー。
11月に1泊2日、12月に1日間の日程で、どちらも遠方の会場だが、まあね、ワシはホンマにセミナーが大好物なんでいまからすごく楽しみだ。

って、そうか、セミナーはいくらでも行きたいから、そっち系もやりたいことのひとつなんだろうね。

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