「脱・引きこもり」宣言

今年は、一年が非常に長い。
とくに1月ごろパートに行っていたころを思い出すと、2年ぐらいむかしのことのように感じる。

1月~5月 → パート
6月 → ぶらぶら
7月~9月中旬 → 北海道車中泊放浪
9月中旬~下旬 → ぶらぶら

パートはとても忙しかったので、そのときはあっという間に過ぎ去ってしまった。
そのあと、6月はぶらぶらしていたが、このときの記憶はあまりない。

で、やっぱり北海道にいたときは、非日常の連続なので、一日一日がきわめて濃厚かつ豊潤で、時間はとてもゆっくりと流れる。
しかし、帰って来てからぶらぶらしていると、あっという間に過ぎてしまう。

こうして振り返ると、「自分の人生を生きている」という実感が持てたのは、やはり放浪していたときだった。
パートで時間に追われていたときは、他人まかせで日々を消化するだけで味気ないものだった。

そして、「ぶらぶら」していた期間はけっこう希薄なのだ。
のんびりぶらぶらゆるゆるは大好きなんだが、スカスカなんだよなあ。

あらためて考えると、引きこもってぼーっとしている時間というのは、やっぱり充実からはほど遠い。
で、ちょっとくやしいけれど、それは「本来の自分」を生きていないんだと認めざるをえない。

なんでくやしいねん?というと、だってこれまで十数年も引きこもってきたから、そいつに全部「×」をつけるのはやっぱりくやしいし残念だ。
でも、しかたないよね。もう過去のことで、数年まえにもどってやり直すわけにはいかない。
だから、引きこもりの過去はいさぎよく手放そう。

さて、どうして引きこもっていたか?というと、ヒトに傷つけられるのが怖かったからだ。
ヒトから嫌われたり拒絶されたり否定されたりするのが、ものすごくイヤだったので、じゃあさいしょからヒトに接しなかったらいいやと思って引きこもっていた。

まあ、ずっと長いあいだ「引きこもりの理由」も自分ではわからなかった。
心理学のセミナーをいろいろ受講しているうちにだんだんわかってきたわけで、やっぱり指導してくれる先生がいないと、自分ひとりではムリだった。

カウンセラー先生のおかげで、少しずつ外に行く勇気も出てきて、去年は職業訓練校にも通った。
辞めてしまったけど、いちおうパートにも数ヵ月勤めた。
まあ、ちょっとずつ社会復帰しつつあるのかもしれない。

だから、これから先はもう引きこもりをやめようと思う
引きこもりがいいとか悪いとか、そういう観点でやめるのではない。
どうやら「本来の自分」にとって、引きこもりという生きかたが似合っていないように思うからだ。

引きこもりをやめようと、ようやくはじめて思ったよ。ふう。

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