「好きな仕事がない」という悲劇

これまで5ヵ所のパートを経験している。
コンビニ、チケット売り、清掃、事務もどき、そしていまのコールセンターだ。

で、どう考えてもぜんぶキラいだ。どれもぜんぶやりたくなかった。
いちおう就職するときは、少しは興味があって応募して、そして採用されたときはうれしくて、がんばろうと思ってはじめるんだけどね。

すぐにイヤになるんだわさ。
どの仕事もそれなりにタイヘンなことがあって、ああもう、やっとられん、ヤメたいと思ってしまう。

職場のヒトに気をつかうのもうんざりだし、お客サンにへこへこするのもげんなりする。
仕事をおぼえるのもしんどいし、やったらやったですっごく遅くて周囲にあきれられてしまう。

ほかにも、立ちっぱなしがしんどいとか、昼ごはんが午後3時にしか食べられへんとか、仕事をていねいに教えてもらえへんとか。

そんなこんなでどれもキラいになってしまうのだ。
ああ、これまでの人生で「好きな仕事」って結局なかったねえ。

自分の気もちに正直になったら、ホンマにぜんぶ大キラいだ。はあ。

それでも、こうやって大っぴらに「仕事、キラいじゃあ!」と叫べるようになって、ちょびっとストレスは減っている。
以前は、そういうことを口にしてはいけないと自分に禁止していたもんね。

そもそもなぜ「キラいな仕事」ばかりなのかというと、私の好きなモノが仕事のなかに存在しないからだ。
好きなモノというのは「山、放浪、クルマ、音楽」とかなんだけど、ソレと仕事がむすびつかない。

そして、もうひとつ重要な問題として、私は「時間にしばられるのが大キラい」なのだ。
だから、決まった時刻に出勤してずーっと拘束されること自体がめちゃくそイヤで、要するに「雇われの仕事」に向いていない。

じゃあ、自営の仕事をはじめるのがいちばんいいわけなんだけど、ソレもめんどくさいんだ。
仕事のすべてを自分で考えて、自分で自分のケツを叩いて働かなあかんのやけど、それがもう、ぜんっぜんやる気が出えへん。

結局くらべてみたら、雇われて強制的に出勤するほうがかろうじてデキるので、だからその結果として毎日電話番をやっとるわけよ。イヤイヤね。

でもなあ、「ラクな仕事」はどれかいな?と考えてみたら、それは、いまのコールの仕事がダントツらくちんなのだ。
ホンマ、ラク。ちーんと座っているだけ。電話も30分ぐらい鳴らないときもある。決まり切った処理がほとんどで悩むことがない。

だから「メシの種」として割り切って働くには最適の仕事だと思っている。周りもいいヒトばかりだしね。

けれども、好きにはなれない。いくらメリットがあっても、それはオツムで考えた屁理屈だ。
私の感情は「大キラい」とちゃんと反応している。思考よりも感情のほうが正解だ。

いまから65才になるまで、この仕事を8年間もつづけるのかね?
そんなにイヤなことを8年も自分に強制して、イジめるつもりなのかね?
そこまで自分をないがしろにしていいもんかね?

そのあたりをしばらくよく考えてみたい。
「キラい、イヤだ」という感情にフタをしたくない。見て見ぬふりはせえへん。
べつにいますぐヤメるわけではないけど、「自分の感情」に忠実でありたいのだ。

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