「自分のカラダ」は「自分のモノ」じゃないかもしれない

いつの間にか「やる気」がほどほどに出るようになってきた。
めざましい変化じゃないけれど、ほんのわずかずつ、しかし確実に変わってきている。

その変化をもたらしてくれるのは、やっぱりハイキングトレーニングだ。
カラダをしっかり動かしてたっぷり汗をかくと気分爽快、雑用もそこそここなせてしまう。

もちろん筋肉もきたえられて、日常の身のこなしが軽くなり、ウチのなかでもこまめに動けるようになった。
まあ、あんまり動きすぎるとすぐ壁にぶつかるわ。ウチ、5畳ワンルームだからね。16㎡しかないんスよ。超狭小老朽化マンションじゃ。

おっと、ハナシがそれたが、メシもウマいんだよなあ。
なぜか無性に野菜を食べたくなってきて、最近はナベを山盛り食ってる。豚肉と白菜とニンジンをおもくそぶち込んでモリモリ食っとるわ。
相撲取りの気分がよくわかるぜ。

やっぱり大地を踏みしめて、ノシノシ登るっちゅうのはエエことやねえ。文字どおり「地に足がついてくる」よ。

二上山の遊歩道を歩いていると、登りでも下りでもおおぜいのヒトに追い越されていくけれど、過去の自分とくらべれば、以前よりずっとしっかり歩けるようになってきた。
おかげで、足腰に関してはだいぶん自信がついてきた。

ところが、だ。いま「腕関連」が悩ましいのだ。
手首、指、ヒジの痛みがヒドくて、う~ん、こんどは上半身かとため息をついている。

こんなに腕が痛くなったのは、キーボードの使いすぎが原因なのだ。
仕事で使う資料を作るのに、長時間作業をしていたらすっかりダメになってしまった。はあ。

むかしはこれしきのコトではねえ、なーんてホザいたら、それこそ年寄りの繰り言になっちまうよ。
けどさ、ホンネを言えば、もうしょっちゅう「むかしはあーだった、こーだった」ってなげいてばかりなんじゃよ。

例の「約500項目検索」のヤツ、今日までにできたのは352項目で、まだ7割しか片づいていない。
この三日間の休みのうちに完成させたかったけど、ぜんぜんあかんかったわ。

しかも、こんなに腕に支障をきたしてしまって、こりゃ完全にオーバーワークだよね。ちーん。
で、がっかりしたのは、せっかくやる気が出てきても「カラダ」がついてけえへんなということ。

もうね、このトシになったら突貫工事なんてぜったいできねえんだな。
カラダの様子をうかがいながら、なんでもほんの少しずつしかできないとよくわかった。

そこで思い出したのが、カウンセラー先生が教えてくれたワークだ。
もうかなり以前だったが、「自分のカラダに感謝するワーク」を教えてもらったことがある。

カラダの部分部分に自分の手をそっとあてがって「ありがとう」と言うワークだ。

アタマに手をあてて「いつも働いてくれてありがとう」とつぶやいてみる。
両目に手をのせて「いつも見せてくれてありがとう」。鼻にも口にも「ありがとう」
腕にも「ありがとう」。内臓も意識して、胃に「ありがとう」、腸にも「ありがとう」。

というふうに、カラダのひとつひとつに感謝するワークで、これは体調をととのえるのにとてもよく効く。

そして、具合の悪い部分にはちょっと長めに手をあてがう。こういう「手当て」で回復が早くなるそうだ。

今回私は、腕にずいぶんムリをさせてしまったな。私の勝手な都合で酷使してしまった。

それで、痛みのある部分に手のひらをあてて、「ごめんな、よく働いてくれてありがとうな」と言ってみた。
しばらくそうやってあちこちの箇所を「手当て」しているうちに、あることに気がついた。

それは、「もしかすると、自分のカラダって自分のモノじゃないかもしれない」ということだ。
たぶんそうなんだよ。「自分のモノじゃねえか」と思って乱暴にあつかったらいけないんだよ。

きっとね、この世に宿るための「住まい」なんじゃないかな。
だから、大切にしないとね。きちんと手入れしないとね。あって当たり前と思わず感謝しないとね。

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