「仕事」がイヤなのに、職場の「ヒト」のおかげで人間をやれている私

今年1月7日から、いまの会社でパートとして雇ってもらった。
去年12月に就活をはじめたとき、どこに応募しても不採用だったんだよね。

パソコン教室はもちろんダメで、そのあと宅配センターもダメ、経験のあったコンビニもダメで、うわあ、56才だとパートでもぜんぜん受からへんとショックだった。

ところが、いまの会社だけはよっぽど人手不足だったらしく、かろうじて採用してもらえた。
入ってみてわかったけれど、60代のひともおおぜいいて、50代ならまだだいじょうぶな職場だった。

それであっという間に、試用期間の3ヵ月が過ぎて、今日は雇用を延長してもらえた。
とりあえず9月30日までは働けるようで助かった。

かんじんの仕事のほうは、あいかわらずチョンボばっかしやっていて、ちっとも慣れない。
いまでも、出勤の朝は超ユウウツだし、会社が近づくにつれてミョーな汗が出てくる。

仕事をやっているときは、めちゃくそ緊張しっぱなし。ときどき目の前が黄色くなったり、メマイがしたり、アタマがまっ白になる。
ただひたすら時間がたつのを待っているだけで、終業時刻になると、はあ、ようやく解放されると、奴隷のような気分。

いや、ホント奴隷になったかのよう。
周りのヒトたちはいいヒトばかりなんだけど、「強制、拘束、束縛」といった感覚におそわれる。

ということは、つまり私は「自分のことをなにかしら束縛している」のかもしれない。
心理学でいう「投影」とは、「自分の内なる世界を、外の世界に映し出す」ことであり、私が「外部から束縛されている」と感じるときは、結局、私が「自分自身を束縛している」ということになる。

え? なんなんだろう?
けっこう自由にやってるんだけどなあ。

まだなんか自分にキビしすぎるんかなあ?
もっとユルユルにせんとあかんのかなあ?

じゃあ、いったいいまナニがイヤなのか?と自分に訊いてみたら、「仕事がイヤ」だとさ! 堂々巡りでワケわからんけど。
むかしからそうだけど、「働くこと」自体がすっごくイヤなんだ。困ったもんだ。

しかし、仕事の「強制力」がないと、私はなにひとつできない。
無職でぶらぶらしていたら、たぶんいまよりもっとダラけてしまう。

仕事をしているからこそ、まずまず早寝早起きできて、たまに風呂も入り、洗濯もせんとなあとやれている。
それで、会社へ行けばこんな私でも自動的に仕事をしているのは、やっぱりヒトがいるからだね。

そうか! 結局のところ、ヒトに支えられているから、こんな私でもニンゲンに近い生活ができるんだ!

「自営」で仕事ができるヒトたちのことを、つねづねものすごいと尊敬しているが、ワシはダメだね。
あらためてわかったけど、ワシはそばにヒトがいないとなにもできないヤツなんだ。

まあね、そういうヤツなんだから、周りのヒトに頼ったらいいわ。
今日も、あともう少しでできる仕事を、つぎのシフトのヒトにお願いしてもうた。

先輩さんは快く引き受けてくれた。ほっとした。
それで、ああやっぱりこの会社にあと半年はおったほうがエエかなと思った。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ にほんブログ村 ランキングに参加しています。お好みのカテゴリーをポチッてくだせえ。おねげえしますだ。