どうして「仕事」に感謝できない?いや「思えない」ならどうする?

ホゲフガ商店で働きはじめて約2週間たった。まだぜんぜん慣れない。でもまあ、こないだクビになった会社ほど仕事はむずかしくない。常連さんの名まえと顔は、「ストアカ/シンが教える記憶術」セミナーのおかげで、いまのところ順調に覚えられている。

けれども「その仕事、楽しい?」って訊かれたら……いやあ、べつにぜんぜん楽しくないわ。ま、うっすら興味を持てなくはないけど、オノレに正直になったら、とくにねえ、なにをどうおもしろいと感じたらええのか困るねん。

めざしどころは「感謝」なんやけど、百光年ほど先かもしれん。
「この仕事があるおかげで、生活できる、ピアノも弾ける」→「ああなんとありがたいことよ」と思えんわ。目の前のお客さんのおかげで、オノレが生きていけるのだと実感できへん。

世の中のしくみをアタマではわかってるつもりやけど、感情がさっぱりついてけえへん。お客さんやお店に「ありがとう」って気もちが湧かへん。
う~ん、コレはつまり、ワシがガキンチョだからなのか?
それとも、またしてもこの仕事が「向いていない」からなのか?

てか、ワシってなぜにどうして「仕事」について延々と悩まないといけないのだろうかっ?!



今日もふと、え?このお店でこれから何年働くんだろう?って考えてしもうた。でもきっと、ふつうのヒトたちはオトナだから、きちんと割り切ってプロとして仕事をしているんだと思う。「働くこと」に対して好きも嫌いもなく、ツラいことがあっても成長の糧にしているんだろうね。

でもさ、ワシってソレができへんのよね。だから、ケツ割りまくりなんだよね。ま、さすがにホゲフガ商店は辞めない。ホンマ、つづけるつもりなんやけど、でもぉ、なんで毎日8~9時間も耐えんといけないのかがようわからん。

●これから先、せいぜい12年間しか残り時間がない。→まずまず元気で動けるのは70才までという仮定でね。
●だのに、膨大な時間をパート先に提供しないといけない。

カウンセラーN先生は「『ライフワーク』を支えてくれるのが『ライス(米)ワーク』だから、ライスワークに感謝できるようになります。そして、お互い相乗効果でどちらもレベルアップしていきます」と言われていたけど、う~ん、いまのところはとてもそう思えんわ。

仕事って、しんどいだけやなあ。

で、またまた無限ループに陥ってもうた。はれ?このままずーっとこの店でガマンしつづけるのかっ?! それがワシの人生かっ?!

いやいや、方向転換はする予定っス。来年3月からカウンセラー養成講座に通って、カウンセラー兼セミナー講師をめざす。もちろんピアノもつづける。某芸術大学もぜんぜんあきらめていない。ぜんぶ欲しいねんっっっ!!



その実現のために、ホゲフガ商店が雇ってくれたわけなんだが……
もっと強く意識して「感謝」してみようかな?

カウンセラーN先生は、ご自身「電気使用量の紙に『ありがとう』と書いています。電気が来るのは『当たり前』じゃないからです」と言われていた。そのハナシをいま思い出した。

そうだよなあ、ワシがホゲフガ商店で働けるのも「当たり前」じゃねーもん。ワシ、ほかに26社ダメで、ココだけが面接その場でOKしてくれたんだよねえ。そのときはやっぱりありがたいと思ってたわ。その気もちを忘れてたわ。

よし、決めた。
ワシは勝手に「感謝」なんて湧いてけえへんタチやから、湧くのを待つんじゃなくて、「する」ことにしよ。なんでもええから、来週からお店に入るまえには「ありがとうございます」とアタマを下げてみよう。お客さんにも本心から「ありがとうございます」と言おう。このヒトたちがワシをしあわせにしてくれると本気で思ってみよう。

そういう「実験」やってみて、オノレがどうなるか観察してみるべ。

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