「忘れること」「やる気が出ないこと」って、どうでもいいことだからやらなくていい

10年来悩んでいた「もの忘れ問題」がいちおう解決した。

【結論】 「忘れてしまうこと」は自分にとって「どうでもいいことだ」。
対して「覚えていること」は「重要なこと」だ。
だから「覚えていること」だけにかまけていたらいい。

つまり、仕事を忘れてしまうってことは、パートの仕事がワシにとって「どうでもいいこと」なんだよね。だったら適当でいいんだ。重要なことじゃないもん。がんばらなくていいんだ。努力しなくていいんだ。クビになったらつぎを探したらいいんだ。

ついでに、「デキないこと」も「どうでもいいこと」だと思う。やらなきゃーとか、あーしないとこーしないとと思いつつ、ぜんぜんデキずに先延ばしになってることとか、そういうのも結局自分にとって「どうでもいいこと」なんだね。



ソレってなんのことか?というと、カウンセラー養成講座の課題だ。今月のセミナーがあと3日後に迫っているというのに、事前課題がまったくできていない。さらに自主トレーニングの記録もぜんぜん書けていない。

これね、毎日やらなきゃーやらなきゃーと思いつつ、結局やってないね。
で、毎日なにやってるんですか? そりゃまあパートには行っとります。ゼニコが欲しいからパートは行くよなあ。イヤだからテキトーに。

でさ、ウチ帰ったらピアノ弾いとります。ピアノは弾きたいから弾いてる。弾いたら楽しい。時間あればもっと弾きたい。まあせいぜい2時間ほどしかやれないけど、ちょこちょこ弾いてるだけでもおもしろい。

結果的に、カウンセリングの勉強はピアノにボロ負けですな。こういうのはいくら考えてもどうにもならねえなあ。つまり、アタマでは、将来カウンセラーになるんだったらいましっかり勉強しておかないと、なんて考えても感情がついていかない。

感情は正直だ。自分がおもしろいことしかやりたがらない。ピアノのほうがはるかにおもろいからそればっかりやっとるわな。あんなに興味があった心理学なのにね。フタを開けたらこういうありさまでね。勉強する気がぜんぜん起きない。



とはいえ、二日間のセミナーに出席するのは楽しみにしている。自分で勉強する気は湧かないけれどもセミナーに行くことは揺らがない。行く気満々。

んで、再認識したけど、要するに他人様に手取り足取り助けてもらわないとワシって勉強できないんだなあ。ピアノのレッスンはさ、毎週あるもんね。しかもマンツーマン指導なわけでしょ? 練習不足で行くとどえらい目にあうのは自分だもんね。

けれどもカウンセラー養成講座は、おおぜいのうちのひとりだし、セミナーは月に一度だし、そうすると自分でちっとも勉強せんよな。いやあ、もうちょっとは勉強するかと思てたけどまるっきりせえへんわ。余った時間はぜんぶピアノに消えていっとるわ。

しかし、いまの段階でカウンセラーになることをあきらめたわけではない。カウンセラーとして開業するという夢をまだ捨てていない。ワシは働くことが大キラいだけど、もしかしたらカウンセラーならおもしろいと思ってやれるかもしれない。うむ、もう少し粘ってみるつもりだ。



なにか工夫したら、カウンセリングの勉強にも身が入るかもしれない。ピアノはすでに練習が習慣になっているが、カウンセリングはそうじゃない。そこらへんをテコ入れしたらカウンセリングもなんとかなるかもしれない。そしたら将来パートを辞められる→カウンセラーになる→学費を貯められる→某芸大へ進学できるじゃないか!

とまあ、壮大な夢を描いているけど、どっちでもいいっちゃいいんだけどね。いまのままでもしあわせだからね。

でも「お好きなほうをどうぞ」って言われたら、やっぱりこの一連の夢がかなったほうがずいぶんおもしろそうだ。それこそ心理学では「迷ったときは、ワクワクするほうを選ぶ」というのが鉄則。

で、そもそもまだ一度も迷ったこともないし、安定してこの道を進むわ。
とりあえずセミナーに行って、だれかれかまわず「ぜんぜん勉強する気が湧かないけどどうしたらいいのか?」って相談してみよう。相談者役としてのネタはこれで万全だぜっ!

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