愛するということ

妹の彼氏のことを「ダメンズ」なんて言ったらよくなかったなあ。反省してます。そもそも「ダメ」なヒトなんていないよね。

で、妹が彼氏とのLINE一連を送ってきたから、何度も読んでみてたけど、うん、妹はこれでもかこれでもかと愛のことばを散りばめていて、そりゃもう極上のラブレターなのに、彼氏の返事がもひとつだなあ。いっしょにノリよく楽しめばいいのになって思った。

ま、それも彼氏クンの自由か。てか、いまの彼は何才? この前の前の前ぐらいの彼は、たしか14才年下だったっけ?

よくそれだけ情熱を燃やせるなあっていつも感心する。だって初恋は小学生だったよね? Kクンだよね? 以来ずっと途切れることなく男とすったもんだしつづけてるよね。すばらしいっ! 妹のラブレターを読んでいたら、ほんと理屈ぬきで、好きなヒトがいるっていいもんだなあと感動した。


で、私はといえば、ここ最近「好きなモノ」の順位が変動しちゃって、うわっ、予想外だとちょっとあわてている。

私がいちばん好きなのは「山」だった。1996年9月22日、京都の低山「稲荷山(標高233m)」に登って以来、山は不動の一位だったのだ。ええと、34才のときか。てことはもう24年間安定して一位を誇っていて、これはたぶん一生変わらないと信じて疑わなかった。

だのにね、ここしばらくヤバいんだよね。

ぐっすり寝てるとこを叩き起こされて、「あんたっ! 山とピアノ、どっち取るっ?!」って訊かれたら、うっかり「ぴ……」って答えそう。

いや、べつに「ぴ」でもいいんだけど、あれはなあ、いろいろ制限があるからね。そもそも右手オクターブが横からちびっとしか引っかからないし、指は回んないし、底までしっかり押さえられないし。なにかと不自由で弾ける曲がかなり少なくなる。


その点、山は「眺めるだけ」で満足できるから、おお、未来永劫ゆるぎなく愛せる対象だと安心していたのだ。ちょっとまえまで、妹に「永遠不変のモノを好きになれよ」なんて説教カマしたりしてた。

それだのにねえ。いつのまにか「ぴ」が「山」を追い越しちゃってるよ。

ピアニストのアルド・チッコリーニがこう言っている。(「アルド・チッコリーニ わが人生 ピアノ演奏の秘密」より)

ピアノを弾くということは、ピアノを触ることが好きである、ということです。ところが、弾いているときに楽器を触るのをひどく嫌がっているような感じを与えるピアニストもいます。
人と人の間にだけ優しさの概念が存在するのではありません。鍵盤にも優しく好意的であることができます。ピアノの鍵盤との接触は、いわば人間同士の親密な関係を、冷たい楽器の上にすっかり置き換えたものであるべきです。

楽器に触れるってそういうことなんだねえ。
今日も離鍵の練習していた。先生に「鍵盤が浮き上がってくる力を指先で感じ取ってください」といつも言われている。なんとかそれをとらえようと集中していたら、あ、ほんの少しわかったかもしれない。ほんのわずかね。あ、ちょっとだけ「ぴ」と親しくなれたかも。

もっと近く? もっと優しく? 妹みたいに愛せるように? そうかもね。それでいいんだと思うよ。

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