いっそう「老人力」がついてきた私

カウンセラー養成講座(ビリーフリセット・リーダーズ講座)では毎月課題図書が出される。だいたい数冊紹介されていて、そのうち1冊は必ず読まないといけない。そして感想文を書いて、次回の講座までに提出することになっている。

私は先月の課題図書もまだ読んでいない。いやあのね、もう本を読むということが苦痛なんだよね。なぜかというと読む端から忘れていくのでそれがつらいんだよね。とりあえずページをめくって活字を追っていっても「権兵衛が種まきゃカラスがほじくる」体でどんどん忘れていくからね。

これけっこうむなしい。まあ気にしなければそれまでなんだけどね。いまの自分はそういう本の読みかたしかもうできなくなっている。そのありのままの事実を受け入れたらいいだけか。

さて今月の必修図書は「光と影の法則/心屋仁之助著」だ。この本、じつはすでに2冊持っている。ずっと前に1冊買ってたぶん読んだはず。でも買ったことをすっかり忘れて、その数年後にもう1回購入した。そして読んだはず。


そうそう、私ってすごいなあといま思った。だって「この本を2冊持っている」かつ「内容はぜんぜん覚えていない」という事実はちゃんと記憶している! だから、ほらちゃんと覚えていることだってあるじゃんかと自信を持てばいい。

とりあえず引っ越しダンボールの中を探してみたら1冊は出てきた。そうそう、まだ引っ越し荷物が片付いていなくてね。ダンボールが36個あるんだよ。去年7月に引っ越ししたんだよね。いったいいつになったら片付けが終わって、そのあとピアノの調律をしてもらえるんだろうね。それよりも近々の問題は課題図書を読むことじゃのう。

で、この「光と影の法則」という本は、心理学のエッセンスを小説仕立てでたいへんわかりやすく書かれておりすばらしい著作だと大塚あやこさんが言っていた。抑圧、投影、感情、インナーチャイルド/ペアレントとかをまるまるぜんぶ勉強できるという。

ちょっと読んでみたけど、ああホント、抑圧と投影、ええと、自分がガマンしてたら外の世界に投影されるよー、イヤな他人として現われてくるよーってヤツをうまく書いてある「はず」。「はず」というのは、今日読んでもやっぱり端から忘れていって本の内容がさっぱりアタマに残らないからだ。


あまりにも忘れっぷりがすごいのでほとほと感心した。そしてふと思い出した。そういえば赤瀬川原平が「老人力」って言ってたよな。

老人力」とはなにか? たとえば「物忘れが激しくなった」など老化による衰えというマイナス思考を「老人力がついてきた」というプラス思考へ転換する逆転の発想だ。

ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そういう言葉の代りに、「あいつもかなり老人力がついてきたな」というふうにいうのである。そうすると何だか、歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい。

そうだ、私も「老人力」がメキメキとついてきているんだ。そして老人力が高まると本なんか読んだとしても、まるでワケのわからない現代音楽を聞き終わったあとみたいに、はれ?いまのはなんだったんだろう?ってなるんだな。


まあ、その通り正直に感想も書いときゃいいんだよ。「読んでる端から忘れていくからなんのことかほとんどわかりませんでした」って書いときゃいいな。そもそもちゃんとした感想文を書こうと思うからしんどいんだよね。文字数なんか求められていないんだから1行でよろしい。

なんでもそうだけど、「ない」と思えば「ない」。「ある」と思えば「ある」。忘れたことを嘆くより、覚えていることを絶賛しよう。ほらね、赤瀬川原平の老人力も覚えていたよな。

あと、こないだピアノのレッスンで、次の課題としてシューベルトの即興曲を出されたことも覚えている。すげー、覚えてるじゃん! でも何番か忘れた。そしてまだ1音も弾いていない。まあ先生も「ちょっと見ておいてください」って言ってたはずだから明日ちょっとだけやろう。4小節ぐらいは弾けるようにしとこーっと。

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