「死体を好きな理由」が判明した

たまたま出会ったあどけない少女たちがきっかけで、川端康成の「眠れる美女」を思い出し、すぐにアマゾンKindleで読んでみてようやっと小説のおもしろさがわかった。むかしちょっとは小説を読んだけれども、ここまで偏愛したくなるほどの物語に出会ったのははじめてだ。

繰り返し何度も読んでおもしろいのは萩尾望都の漫画だけだったが、川端康成は文章だけでその場の光景がまざまざと浮かんでくる。触感や嗅覚まで刺激される。うわ、こんな世界があったのかと呆然とした。しかし、まさにこういう世界を味わってみたかったんだよね。漫画はちょっと飽きたらなかった。

そして心理学の世界も微妙に違和感があった。根本裕幸さんが「最終的には愛だよね」と結論づけるのも、大塚あやこさんが「なんのために生まれてきたか?あなたのミッションは?」と問われるのも、やや真っ当過ぎて居心地が悪かった。

私は、もっとダークなものがうつくしさとともにあって欲しかった。いい香りばかりではなく腐臭もただよっているほうが好ましかった。両方ともあるのがよかった。


妹は幼いころより聡明で、小学生のときからひとりで美術館通いをするほど感性が豊かだった。幼稚園に行っている時分ですでに漢字交じりの本を読みはじめ、高校卒業までに川端康成、芥川龍之介、三島由紀夫、横尾忠則、大江健三郎などを爆読したという。

妹の家は、どこに住んでも一室が書庫になっているからね。何千冊もの本があるんじゃないかな。私はといえば、文学がわかる妹をうらやましかったけれど、マネして読んでみてもさっぱりよさがわからない。長年どうしようもなかった。

けれども58才のいまになって、はじめて「眠れる美女」のすばらしさがわかった。わかるとその感動をともにしたくて、つい妹にLINEをしてしまった。


私「4年半前、T子ちゃんが『眠れる美女』イチオシで、そのとき読んだらなんにも感じなかったけど、いま読んだら猛烈にのめりこんでしまった。こんなのはじめて。すごいねえ~
でも、ダッチ〇イフっぽい。川端康成って、女体が好きで、女性の人格には興味ないんちがう?
けど、エロスって、そういうところが原点かな? 男も女も、人格とかはちょっと置いといて、肌が合う合わないみたいなそういう感覚が優先するのかと思った」

妹「確かに、彼が女を描写する時に人格はそんなに重視されてない気はする。彼が配偶者を選ぶ時に(ものすごく乱暴にまとめると)おとなしくてさかしらでない女性が良いと思ひます、と言ってたような気がする。出典全然不明。
『山の音』の主人公の息子の嫁については、人格や感情についてけっこう言及されてるよ。
人格とかはちょっと置いといて肌が合うっていうのは、、sexの相性じゃない?
結論。エロスに人格は関係ないのでは」


私「向田邦子が『もてる女というのは、主体のない女』って書いてたのを思い出した。男が、自由に投影することができる女がもてるらしい。川端康成もそうなんだろう。少女趣味だし。っていえば光源氏と紫の上もそうだな。
相性、そうそう、たぶん男にとっては〇つか〇たないか」

妹「川端康成の少女趣味は、伊豆の踊子・みずうみ・片腕・などなど枚挙にいとまがありません。
そ、エロスってなんか神秘的に扱われてるけど、少なくとも男子にとっては〇つか〇たないかの単純な概念。
女子にとっては、、どうなんだろう。わたしの中では、エロスの中に知性が含まれてますが」

私「男 〇つ、〇たない。女 〇れる、〇れない。
う~ん、このところ私は、エロスに知性はまったく関係ないと思いつつある。エロス 潜在意識の領域。知性 顕在意識の領域。
『眠れる美女』に戻るけど、ネクロフィリア(屍体性愛)もあるねー。私の死体好きは、じつはネクロフィリアだったのかとわかったよ」


そう、私は死体が好きなんだよね。とくに女の死体。で、どうしてこんなに死体が好きなんだろう?と謎だったんだ。いつかどこかのカウンセラーに尋ねてみようと思っていたんだが、「眠れる美女」のおかげでわかってしまった。

そもそもまず私は、女性にも興味がある。見た目で惹かれるのは圧倒的に女性だ。なので心理学セミナーとかに行った際、自己紹介のときに「ビアン寄りですねん」とか言ったりしてた。根本さんはさすがに私の本性を見抜いていて、いつだったかのセミナーでは私の発言のあとで、根本さん「それってモロに男目線だよね」と言ってた。

そのとおり、自分でもおっさん丸出しだなってよく思う。あと、初対面のヒトに男とまちがえられることもある。けっこううれしい。

で、「眠れる美女」で判明したのだが、つまり私はおっさんだから、こんなにもこの小説に興奮するとわかった。そして、薬で深く眠らされている娘たちから想起されるのは死体だった。いやあ、そうかそうか、私はネクロフィリアでもあったんだ。

カウンセラー養成講座は「自己探求の場」でもあると大塚あやこさんが言われていたが、たしかにね、その効果はめざましいね。思いがけない偶然によって、本来の自分の姿が立ち現れてくる。

さて、これからどういう展開になるかな? 私が引き寄せるのは男だろうか女だろうか、それとも死体だろうか。なかなか楽しみだね。

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