お母さまは六畳一間のサ高住にお引っ越しなさいました

過日、お母さま(87才)がお引越しなされたようです。妹がラインで知らせてくれた。母后さまはお城(の近所のちっせえサ高住)にご転居あそばされた。私も妹もずっと母と接触がない。いつからだったっけ? 忘れた。うむ、このクソブログを「女帝」で検索すると母ちゃんのことがわかるな。あったあった。「『女帝』であるお母さまのお引っ越し先

そうそう、4年半前から母ちゃんのことはふたりとも知らんぷりしてる。で、そのあいだにおじさん夫婦が母に会いに行ってくれているらしかった。

私にとってはいちおう「おじさん」にあたるヒトだが、何十年も会っていないのでどんなヒトかさっぱりわからん。

母の1番目の継母の次男のヒトだ。1番目の継母は4人子供を産んだが、長女は焼死、次女は病死、長男は自殺した。継母自身も若くして亡くなった。おじさんがまだ中学生のときに病気で亡くなってしまった。


おじさんの姉兄はみんな亡くなってしまったから、もう兄弟は義理の姉にあたる私の母ちゃんしか残っていない。

妹とおじさんはときどきラインで連絡を取り合っている。おじさんはやさしいヒトらしい。だから、私と妹が母と音信不通になっていても、そんなことはちっとも気にせずに、おじさん夫婦だけで母に会ってくれているそうだ。

そして今回サ高住への引っ越し手伝いもぜんぶやってくれたらしい。母ちゃんはモノを処分できないヒトなので、サ高住の六畳一間は足の踏み場もない状態だという。

さて、父ちゃんが亡くなってから4回目の引っ越しだね。つまり5年ほどの間に4回引っ越したことになる。その1回目から3回目までは私が母ちゃんと同居していたから、あたしゃがんばったよ。


はあ、母ちゃんの介護をしていた時期のことは、あまりにタイヘンすぎてなにをどう書いたらいいのかよくわからない。

だって、なにをしても怒るんだもんね。どこに住んでも不平不満が噴出してきて「こんなとこ住んでられないっ!!」って叫びだす。だから引っ越す。さすがの母ちゃんもヨボヨボだから、昔みたいに殴る蹴るは不可能になったが、それでも土下座をしている私のアタマを杖で叩くんだよね。なんかしょっちゅう土下座せなあかんねん。

メシ食ってるときでも箸やスプーンが飛んでくる。あ、意外と皿は投げないんだよ、昔から。やっぱり後片付けのことを考えるんだよね。ガキのときフライパンでブン殴られたこともある。なかなかいい音がしたよ。

まあ要するに、母ちゃんの怒りの元は、「6歳のときに自分を捨てた実母」であったり、「自分を虐待した継母1号」であったり、「自分にまったく無関心だった継母2号」だったり、ほんとうはそんなヒトたちをぶん殴りたいわけで、だからいくら私を殴ってもちっとも気が晴れないんだよね。


心理学を勉強していたら、そんなことがだんだんわかってきた。そして母の問題は母自身が解決しないことにはどうにもならない。そのためには、なまじお気軽にぶん殴れる私がそばにいないほうがいい。そう、お互い子離れ親離れするために私たちは別れた。いやまあ、私が一方的に脱獄しただけなんだけど。

父ちゃんが死んで母ちゃんひとりきりになったから、さいしょのうち私は、母ちゃんの老後の面倒ぐらいは見てあげようかと思っていたけれども、甘かった。母ちゃんの本質は昔とおんなじだった。まあ母自身が自分の問題に気がついていないから、ずっと周囲に当たり散らすということしかできないのだ。

それはもう、そのヒトの生きかたなのだからそれでいい。母ちゃんの好きにしたらいい。

そして私も好きにしていい。だから私は、母ちゃんのところから脱走して自分ちの中古マンションに戻った。ほんまは母ちゃん「あのマンションはよ売ってカネ寄こせ」って言ってた。まあその中古マンションも、そのあと私自身で売っちまって、音出しOKの賃貸マンションに引っ越してグランドピアノ買った。ああ私もエラいこと好き勝手しとるのう。


いやほんま、好きなことしてたらええんよ。

母ちゃんはね、ほんとうはなにが好きだったんかね? まあ歌はとても好きだったみたいだ。中学高校で合唱をやっていたからトシ取ってからでもよく歌っていたよ。

以前、べつのサ高住にも住んでいた。そこも結局気に入らなくてすぐに退去したけれども、そこでの行事で歌があると必ず出席していた。もちろん私もお供する。下女はつねに仕えていねばならない。そしたら母ちゃん、おもくそ声張り上げて歌いよって、そんなひとりだけ見栄張るなよ。ま、昔からそういう歌いかたをするヒトだったけど。

そんな歌の行事があった日の夜だったかな、部屋に戻って、母が好きな歌手の話をしていた。そうしたら母ちゃんはポツンとこう言った。


「ほんとはね、歌はあんなふうに歌うもんじゃないんだよ。だけど、ここは死にかけのばあさんばっかりで辛気クサいからああしたんだ。でもほんとうは、もっと心に沁みるように歌うのが歌なんだよ」

そっか。そうなんだね。ほんとうはわかってるんだね。でもいいんだよ。あんなふうに声張り上げないとさ、だれも母ちゃんのことを見てくれなかったからだよね。ヒトよりもうんと目立って、だれかから「すごいね」って言ってもらいたかったんだよね。そのときだけうれしかったからだよね。

モノを捨てられないのも寂しいからだよね。「お金やモノは裏切らない」ってよく言ってたよね。だったら少々窮屈でもしばらく辛抱しないとしょうがないね。

でもきっと母ちゃんなら気がつくかもしれない。モノで寂しさは埋められないと、ある日わかるかもしれない。そうしたら、もう使わないモノ使えないモノを処分できるかもしれないね。


そしたら思い出してね。母ちゃんが自ら幸せになれるのは、なんだったかなって。

私はいまとってもしあわせだよ。ピアノ弾けてしあわせだよ。
母ちゃん、ありがとうね。私が小さいころにピアノを習わせてくれてありがとう。

13才のときに、レッスンを辞めさせてくれてありがとう。
いま習っている先生のほうが、私には向いていたよ。それでよかったよ。

だから母ちゃんも、いまからでも間に合うから気づいてね。

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