私の行動原理は「傷つきたくない」だった|大塚あやこさんの個人コンサルティング その2

◆「その1」はこちら→●女性は「猫」でいいんです|大塚あやこさんの個人コンサルティング その1

お悩みって、ひとつ片づいてもまた出てくるようだった。いまは「仕事がー、ことごとくうまくいかなくてー」って叫んでいるけど、ちょっとまえは「ライフワークがー、見つからなくてー、なんのために生まれたんだろー?」って駆けずり回ってた。

でもさ、そのデカいライフワーク問題はさ、もう決着ついたんだよね。

私のライフワークは「ピアノ」だ。

大塚あやこさん個人コンサルではっきりわかったんだけど、じつは「山」はライフワークじゃなかったんだよ! ひええ、びっくり。

てか、私は山が好きってことをまだあやさん(大塚あやこさん)に話していなかった。あ、そういえば根本裕幸さんにもそんなに喧伝してなかった。このブログではときどき書いているけど、山のことはメインテーマじゃない。そもそも「山ブログ」を書こうとも思わない。


なぜかというと、私にとって「山」は「自己完結の世界」だからだ。「自分と山」が渾然一体となってしまって、ほかのものはなにもいらなくなる。山ふところに入ってしまうと、あまりにも満たされ過ぎて「他者」がまったく不要になってしまう。

なので、「そのしあわせ」そのものも、まあべつにそうだれかに伝えようとも思わないのだ。だから、結果としてカウンセラーのひとたちにも言い忘れてしまう。「あの透明な美酒のような幸福」(尾崎喜八)は、ひとりでひっそり味わうだけでよかった。

うすうす感じていたが、「山にこもる」ということは「隠遁」に近かった。

じゃあ、私はどうして「隠遁」したいのだろう?
いったい「なに」から逃れたいのだろう?


それが、ようやくわかった。
私は「傷つきたくない」から、山に逃げていた。
だれかから傷つけられたくないから、逃げていたのだった。

でもねえ、10年ぐらいまえから「音楽」のことが妙に気になってきたんだよね。具体的には、あるピアニストのことがアタマから離れなくなった。わ、困ったな、一生山ヤでいるつもりだったのに、あのピアニストのせいでマズいことになったな。

困った困った、でもCD聴きたい、DVD見たい。もう引退しているピアニストだからじかに聴くことはかなわないけど、さいわいCDもDVDも、それから著作もあったのでどっぷりはまってた。そのうち、結局自分でもピアノを弾きたくなってしまった。

いま思えば、それがはじまり。そのあと根本裕幸さんのセミナーに通いはじめて、そしてやっぱり音楽家でもあるあやさんに惹かれて、ここまでやってきた。

それで、「仕事問題」も「山」と根っこはおんなじだとわかった。

「仕事」が問題じゃなかった。「人」と関わることを避けているから仕事がうまくいかないのだった。これもやっぱり「傷つきたくない」からだった。もうさ、私って「傷つきたくない」一心でもがきつづけている。


それってどんな人生なん?
傷つきたくないからずーっと逃げつづける人生ってなに?

そんなに「この世」は怖ろしいとこなん?

いや、そうじゃない。
「音楽」は、そんなことを伝えていない。
「音楽」は、この世に生を受けることが、どれほど輝かしく、稀有で、慈愛に満ちたものなのかを教えてくれる。

それが真実。

あやさんは、私にこう言われた。
「その真実を伝えるひとになりましょう。春子ちゃん、ピアノでお金を稼ぐのよ。ひとと関わってお金をいただけるようになりましょう」

◆「つづき」はこちら→●私はまだ「子ども」だから、ひとと「対等な関係」がまったくわからない|大塚あやこさんの個人コンサルティング その3

◆「その1」はこちら→●女性は「猫」でいいんです|大塚あやこさんの個人コンサルティング その1

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