「復讐心」の正体を見せてもらう|大塚あやこさんの個人コンサルティング その5(最終回)

「イメージ」の力ってものすごいな。「ことば」よりはるかに強力だ。

ということが、心理学を勉強しはじめてからつくづく身に沁みる。カウンセリングセッションでもセミナーでも、「イメージワーク」で誘導してもらうと、なぜかイメージがぽっかり見えてきて、ああ、そういうことだったのか!と雷に打たれたみたいになる。

「ことば」が降ってくることもあるが、やはり「イメージ」で見せてもらったほうがずぅんと肚落ちする。そうそう、見せてもらうって感じなんだよね。潜在意識さんが見せてくれるってのがぴったりくる。

けれども、そういう強烈なイメージは「だれか」が介在してくれないと見えてこない。カウンセラーのひとと、そうだな、共振しないと見えてこないように思う。なんかね、やっぱり「ひとの力」を借りないとダメみたいだ。


ここ最近、いろいろ見させてもらっておもくそ納得しつづけている。前回のカウンセラー養成講座「ビリーフリセット・リーダーズ講座」では、「私自身が→猫」に変わって見えて、ああそうか、私の本性は「猫」やった。猫だから働きたくなくて当然だとよくわかった。

そして、カウンセリング自主トレを受講生Aさんとやったときは、「仕事が→燃えさかる太陽」という姿に変貌して、ああそうか、プロフェッショナルなひとたちは太陽から無限のエネルギーを送り込んでもらっていて、だからあんなに使命感に燃えて仕事ができるんだなと了解した。

ふしぎなことに、イメージは見えるだけじゃない。「リアルな感触」も伝わってくる。

なまこみたいにぽってりした「黒猫」は、なでてみたら、てか、なでたくてたまらなくなるほどかわいくて、じっさいなでてみたら、まあエア猫をなでるしぐさをするわけだが、ちゃんとてのひらに猫の毛並みや背骨の感触が伝わってくる。抱き上げるときもちゃんと重いから、腰を痛めないように体勢を整えてからよっこらしょと持ち上げる。

「燃えさかる太陽」からは熱風が噴き出していた。周囲に燃え移りそうでハラハラする。でも、ちょっと離れたところでは心地よいあたたかさなので、おお、ぬくいぬくいと両手をかざしてあったまってみる。


今回、大塚あやこさんの個人コンサルでは、いよいよ「本丸」と対峙することになった。

あやさん(大塚あやこさん)「春子ちゃん、それでは『復讐心』を見てみましょう。ずーっと長いあいだご両親に抱いていた感情ですね」
まずは、あやさんが瞑想状態に誘導してくれたので、目を閉じると私の意識はすぅっとやわらいで、ああそう、また手足がうんと遠くに行ってしまった。

あやさんの声が遠くから聞こえる。「『復讐』って、からだのどこにありますか?」

う~ん、どこだろう? ええと、あれ? ノドのあたりになにかつかえているみたいだ。私が「ノドかもしれません」と答えると、あやさん「では、それをゆっくりと、手のうえに取り出してみましょう」


両手をノドに近づけると、その「なにか」はにゅるりとからだのなかから出てきた。手におさまる程度の大きさで、灰色のかたまりだ。ヌメヌメとねばりがあって気もち悪い。あまり持っていたくない。

あやさんに「それをよく観察してみてください」と言われて、困ったなと思いながら少し眺めていたのだが、じきにおなかのあたりに妙な感覚が湧いてきた。下腹が急にせり出してきた。ものすごく硬くて大きくてはち切れそうだ。まるでタチの悪い腫瘍で膨れ上がっているかのようだった。

私はあわてて「ああっ! おなかがおかしいですっ! おなかですね。おなかにあります!」と大きな声で言うと、あやさんは「じゃあ、おなかから取り出してみましょう」と静かに言われた。

すると、みるみるうちにおなかから巨大な玉がごろりとあらわれた。ものすごく重たい。両手で抱え持つ。その非常に大きな球状のモノも、やっぱり灰色だった。やや濃いめの灰色で混濁していて、中にはいろんなものが詰まっていそうだった。


私は、その大きな玉を抱えてしばらく難儀していた。あやさんがことばをかけてくれるが、あまりよくわからなくなってしまった。

どのぐらい時間がたったのだろう? 気がついたら、その大玉の色が変化しつつあった。私はあやさんに実況中継する。
「ああ、表面の一部が変わってきました。色が……変わってきました。灰色が……肌色に変わってきました。それに……やわらかくなって、あたたかくなってきました」

ちょうど夢を見ているような感じで、大玉の様子がもやーっと変化して、とうとうそれは「あたたかい肌色のかたまり」になってしまった。

「あやさん、……、これは……赤ちゃんですね。赤ちゃんになってしまいました」


でも、あんまりきちんと赤ちゃんのかたちにはなっていない。輪郭のぼやけた「赤ちゃんみたいなかたまり」なのだ。しかし、それでも赤ちゃんだった。赤ちゃんを抱っこしているからには、やっぱりあやすようにぎこちなく両手を少し揺すってみた。

遠くのほうからあやさんのやさしい声が聞こえた。「じゃあ、こんどはそれを、ゆっくりからだのなかに戻してあげましょうね」
私は一瞬、どこにどうやって赤ちゃんをしまうのかとまどった。そうしたらあやさんが「からだ全体におさめるようにしたらいいですよ」と言ってくれた。

目をつむって眠っている赤ちゃんは、そのまますーっと私のからだのなかに溶け込んでいった。それから、瞑想を解いてもらった。

アタマがとても清明になっていた。あたりがちがって見えた。なにが起こったのだろう?

あやさんがひっそり言われた。「ねえ、復讐って本当は赤ちゃんだったんですね」

私はぼんやりと赤ちゃんの姿を思い浮かべていた。あれはだれだったんだろう? いや、だれなのか特定できないように思えた。まだ未分化のままで、ひとのようなかたちをして、ただただ眠っていた。


ほんのチラッと、もしかすると、ああ、博子ちゃんかもしれないと思った。博子ちゃんというのは、私の叔母さんにあたるひとなのだが、戦時中空襲で赤ちゃんのときに亡くなった。私の母の、継母の子ども。母が小学6年生のとき空襲で焼け死にかけて、母は助かったものの、その赤ちゃんは死んでしまった。

だから、その継母さんにしてみれば、邪魔な継子が生き残っているのに、我が子を亡くしてしまったのだ。

でもね、その博子ちゃんが身代わりになってくれたから、私の母が生き延びられて、そのおかげでいま私がこうして生きているのだよ。

あの赤ちゃんは博子ちゃんだったのかな。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

でも赤ちゃんは、大切に育てるだけ。私のところに来てくれたのだから、そう、それだけ。

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