ふりだしに戻ったら、「いのち」の扱い方がわからない

日曜日なので目覚ましをかけなかったら、起きたとき午後3時15分だった。がっかりしてもういちどフテ寝したら、こんどは午後4時だった。

相変わらず熱っぽいので、うん、そうだ、体調が悪いからしゃーないねと言い訳をする。個人セッションや「ビリーフリセット・リーダーズ講座」(BRC)の疲れが溜まっているんだよと言い訳をする。パートも容赦なく忙しいしと言い訳をする。

こんなに言い訳を用意しないといけないのは、「寝坊はよくないことだ」と自己攻撃をしているからだ。スキあらば自分を責めたいんだなあとか、いつも自分をいじめたいんだなあとか感心する。

すなわち、自分のすべてを肯定できているひとだったら、休みの朝、午前6時に起きようが午後3時に起きようが、微塵も変わらずすがすがしい気分でいられるだろうに。何時に起きるのかなんて、本人の価値とまったく無関係なことなのにね。


さて、やっと起きました。で、なにやりますか?っていったら、やっぱりちょこちょこピアノ弾いてるだけで一日が終わる。しかもまたバッハ偏重で、おまえ、なんで30回も弾くんだよ? 10日ぶりに洗濯はした。すごいことだ。

そうしているうちに、やっぱりセッション記録は書けなかった。講座受講の感想文もまだである。あと、次回までの自主トレ予定も決めていない。たぶんものすげーヤバい事態に発展しそうなのに、来年1月のピアノ発表会はなんの曲にしようかな?ってとこにまた逃げる。

いや、発表会はおおごとだよ。真剣に考えよう。たぶんモーツァルトのソナタとかが穏当だ。しかし、自分の気もちにすなおになってみると、バッハ:イタリア協奏曲第1楽章が浮上してきた。またバッハかよお。

とりあえず無料楽譜をダウンロードして試してみる。これ、長いわっ! 聴いたら短いのに、弾いたらむっちゃ長いわっ! 暗譜なんてできそーにねーわっ!

でもいちおう候補曲にしておく。先生に却下されたら、なに弾くのかぜんぶ先生におまかせしよう。常日頃からあんまり弾きたい曲ってのがないんだよね。手の大きさに関係なかったら自由度が増すと思うが、「ド-♭ミ-ド」の和音が弾けない大きさだと、たぶん「モーツァルト以前」ぐらいに限られるかな。


で、こんどは「発表会」という正当理由ができたので、またまたBRCから遠のきそうだ。ほんと、なんでこんなにBRCから逃げたいんだろ?

それはね、自分の「闇」と対決したくないからなんだよね。だって、じっさい掘れば掘るほどエグいもんが出てくるもんね。

あんなにイヤだった母ちゃんがじつは自分自身だったとか、大人になりたくないから行動しないとか、自己嫌悪をひとに投影して他人をジャッジするとか、そういうしくみがわかればわかるほど、じゃあいったい何十年もなにやってたんだろう?と虚しくなる。

結局のところ、大元は「自己嫌悪」であり、それを外界に反映させて、他人を総攻撃しているってのが、私の人生だった。なんか力抜ける。せっかく生まれてきたのに、自分や他人を攻撃するだけだったという幕切れだなんて。


けれども、堀江さなえさんは「怒りは生命エネルギーに直結していますので、大切にしてあげてください」というメッセージをくれた。

あ、それは感じる。「怒り」ってものすごく原初的なエネルギーのような気がする。そして、怒りをきっかけにそういう根源的なエネルギーにつながれているような感じもある。

これ、なんすかね? ぐわーっと肚の底から湧いてくるなにか。

いやあ、たぶん「いのち」かな。ええと、まだ取扱い方法がよくわからん。

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