「命懸けでピアノを弾く」とはどういうことなのか?

そもそも「命懸け」ってなんだろう?

検索すると「命懸け → 死を覚悟するほどの気持ちで、真剣に懸命に物事に臨むさま。」みたいなのがおおかただった。

えっ?! あっ?! そうなんだ! 私は完全に思いちがいをしていた。「命懸け」って「死にそうな状況から真っ青になって逃れようとすること」だと思っていた。

すんません、山登りをしていたからそういうカン違いをしとりました。3回ほど「ヤバい、死ぬんちゃう?」ってのをやっとるもんで。


だから、「いや、なにがなんでも生きて帰るぞっ!」「ココでぜったいあきらめへんっ! 必ず生還するっ! 答えはそれだけだっ!」とかやっちょりましたから、「命懸け」なんてことばを聞くと「万難を排してあの稜線に戻るぞっ!」みてえな思いしか湧いてけえへんねん。

ちゃいましたね。脱出じゃねーよ。

ただし、そういう「死線ギリギリゲーム」を好きこのんでやってたとき、そこから逃れるためには「信念(ぜったい死なない、ぜったい落ちない)を持って、ただただ正確無比で確実な行動を取りつづける」しかどうしようもなかった。

雪山はヤバいんだよ。ピッケルと両足のアイゼンの3点で身体を確保するのみだからね。パーティー(複数)で登るなら、たがいにロープで確保しつつ難所を乗り越えられるけど、私はドはずれたアホだからずっと単独だったんだよね。


とくに下山は危ないっすねえ。ピッケルもアイゼンも打ち込みそこなったらあっという間に滑落するから。まあ、ふつうに死ぬよね。ここで滑ったら一巻の終わりとわかっているから、命懸けで打ち込むんだよね。一撃一撃をぜったい確実になにがなんでも決める。ふう。

……みたいな思いでピアノ弾くんですかね?

いやいやいやいや、ピアノ甘すぎたわあ。ミスタッチ平気でぽろぽろ、あれ、なんですか? 一曲弾いてるあいだに20回ぐらい死んでるわな、雪山だったら。

あのう、ほんとみんな亡くなったり重症負ったりしてるもん。私が冬山を習っていたときの登山ガイドのひと、エベレスト2回登頂しているかただったが、国内の冬山で滑落して一命はとりとめたものの、今後歩けないと言われるほどの重症だったり、まあ、その山の会に入っていた最中でも知り合いのひとがふたり亡くなったかな。雪庇の崩落とかもあって。


それが山なんだけど、でもねえ、ピアノもおんなじと言えばおんなじなんだよね。

あ、まちがっちゃった、すいません、練習不足なもんで、とか、聴いているひとに対してそういうのしゃーしゃーとやるってどうなん?

へへ、毎日忙しいし、ほどほどしか弾けねーし、こんなんが関の山っすとか、う~ん、やっぱりナメてるじゃん!

だって、おまえ3回死にかけても必死で帰ってきたんだよね? ピアノの音符並みにピッケルアイゼン打ち込んで、それひとつも打ちそこなわなかったから、いま生きてるんだよね?

じゃあピアノでもできるはずだよね? そのぐらい真剣にやるのが「命懸け」なんだよっ! わかったかっ!

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ にほんブログ村 シニア日記ブログへ にほんブログ村 ランキングに参加しています。お好みのカテゴリーをポチッてくだせえ。おねげえしますだ。