「ペットの飢え死に」を救ってくれた”奇跡”|9才の私に襲いかかってきた試練 (後編)

「こんなところに宝物がどっさり」という文字と、「宝箱を持った女性」のイラスト 日々のあれこれ

当時、小学3年生だった私は、「桑の葉っぱ」が欲しくてたまらず、半狂乱になっていた。

学校の指導で、育てているおカイコなのに、とつぜん「これからは、1日2枚しか葉っぱを渡せません」となってしまった。

学校の先生からは、「それで、だいじょうぶ」という説明は、なにもなかった。

だから私は、ひとりで勝手に、恐れおののいていた。

ダメだ。
このままじゃ、おカイコが飢え死にする!

ウチにいるおカイコは、もう最後の「5令」になったばかりで、1匹1枚の葉っぱを、シャリシャリすぐに食べつくして、「ぜんぜん足りない」と言いたげに、首を振っていた。

私は、朝から晩まで、どうしたら桑の葉っぱを増やせるのか、答えの出ない悩みにさいなまれていた。




だもんで、きっとゲッソリした様子で、ピアノのレッスンに行ったんだろう。

ピアノの先生
ピアノの先生

春子ちゃん、どうしたの?

先生……
葉っぱを2枚しかもらえなくて。
おカイコさんが、死んじゃう。

すると、先生は、こともなげに、こう言われた。

ピアノの先生
ピアノの先生

あら、桑の葉っぱなら、ウチにあるわよ。

えっっっ?!





さすがに、9才のガキでも、ドギモを抜かれた。

な、なんで、ピアノの先生のウチに、桑の葉があるんだろう?!

しかし、そんな疑問がアタマをよぎったのは、ほんの一瞬だった。

それよりもなによりも、「その葉っぱが、どのぐらいあるのか?」が、猛烈に気になった。

ピアノの先生は、私をキッチンへ連れて行ってくれた。

ピアノの先生
ピアノの先生

ほら、これよ。

先生が冷蔵庫を開けると、そこには、大量の桑の葉っぱが、入っていたのだ!!

こ、こんなところに、こんなにたくさん宝物がっ!





いまにして思うと、ホウレンソウ一把分ぐらいだろうか?

先生は、そのぐらいの葉っぱを取り分けて、袋に入れて、私に持たせてくれた。

たっぷりのホウレンソウ

たっぷりのホウレンソウ

出典 ほうれん草の栄養素が失われにくい保存方法とは?|HugKum

私はあまりに驚いて、まるで魔法でも見ているかのようで、ろくすっぽお礼も言えなかった。




ピアノのレッスンも、なにも覚えていない。

覚えているのは、桑の葉っぱをたっぷり抱えて、先生のお宅をあとにしたことだけだ。

ウチに飛んで帰ると、すぐさまおカイコに、その葉っぱをあげた。

2匹のおカイコは、みずみずしい葉っぱにかぶりついて、シャクシャク食べつづけた。

追加の葉っぱは、まだまだある。

その日の夜になっても、シャクシャクという小さな音は、途切れることなく聞こえていた。

貴重な桑の葉の残りは、しおれてしまわないように、冷蔵庫へ入れるつもりだった。

しかし、それはきっと、母ちゃんがイヤがるだろう。

私が、葉っぱを冷蔵庫に入れようとすると、やっぱり、母ちゃんが金切り声を上げた。



母ちゃん
母ちゃん

そんな汚いモン、冷蔵庫に入れないでっ!

ピアノの先生は、入れてたよっ!

母ちゃん
母ちゃん

どうせ、すぐ死ぬのにっ!

と、母ちゃんは、憎々しげに私をにらみつけた。

私は、「これだけはゆずれない」と徹底抗戦のかまえで、母ちゃんを無視して、桑の葉を冷蔵庫に押し込んだ。

それから2~3日のうちに、おカイコはメキメキ肥え太ってきた。




葉っぱは、こっそりチリ紙(まだティッシュはない時代)で拭いてきれいにして、おカイコにせっせと与えた。

チリ紙も、使い過ぎると怒られるので、服のポケットにしのばせて、あとでトイレへ流した。

「おカイコ飼育」は、クラスのみんなも楽しそうで、自分のおカイコを、学校に持ってくる子もいた。

ある男子が、自分のおカイコを、得意そうに見せていた。

もう繭を作るのも近いころだし、みんなに見せたかったんだろう。

私は、その子のおカイコを、チラッと見て、

あ、ウチのおカイコのほうが、ずっと太っている。

と、安心した。

小学生のときも、友だちはいなかった。

ピアノの先生から「闇・葉っぱ」をもらったことは、だれにも話していなかった。




私は、むかしもいまも、自分のことしか考えていない。

ウチのおカイコさえ、元気だったら、それでいい。
ヨソのおカイコが、ヤセていようが、知ったこっちゃない。

私は知らん顔して、ひっそりウチにかくまっている、2匹のおカイコに、闇・葉っぱをせっせと食べさせた。

おカイコは、はち切れんばかりに、まるまる肥えてきた。

体の節々がちょっとくびれているものの、それ以外のヒフは、まるで風船のように、パンパンに膨れ上がっていた。

▼この画像のコより、もっと太っていた。

カイコ 家畜となった昆虫|いたこんニュース

カイコ 家畜となった昆虫|いたこんニュース

出典 カイコ 家畜となった昆虫|いたこんニュース





そうしたら、あるとき、1匹のおカイコが、葉っぱのうえで、よろめいた。

たぶん、葉っぱのべつの部分をかじりたかったんだろう。

でも、あまりに太りすぎていて、ヨロッとなったあと、そのおカイコは、コロコロと転がってしまった。

お腹の側には、ちっちゃい足がたくさん並んでいる。

そのお腹と、すべすべの背中を、くりんくりんと交互に見せながら、おカイコは小さい容器のなかを、端っこまで転がっていった。

その光景が、なによりもうれしかった。

ああ、こんなに丸々と育ってくれて!
転がっちゃうほど、よく太ってくれて!

私は、ちょっと笑いながら、そのコをそっと拾いあげて、葉っぱのうえに戻してやった。

おカイコは、べつに恥ずかしがりもせず、またシャクシャク葉っぱを食べはじめた。




やがて、おカイコたちは、ぱったり食べるのをやめた。

せっかく長々と伸びた体長をちぢめ、めいめいアタマをぐるぐる回して、繭を作りはじめた。

繭が、だんだんぶあつくなると、寂しかった。

もう、あのコロコロには、会えないんだな。
シャクシャクの音も、聞けないんだな。

ピアノの先生からもらった桑の葉は、まだ余っていた。

でも、もうだれも食べないから、捨てた。

10日ほどして、繭から出てきた蛾は、2匹ともオスだった。

オスの胴体は、メスより細めだ。

左がメス、右がオス|カイコガ|みんな知ってる?未来に羽ばたくカイコ

左がメス、右がオス|カイコガ|みんな知ってる?未来に羽ばたくカイコ

出典 左がメス、右がオス|カイコガ|みんな知ってる?未来に羽ばたくカイコ




幼虫のときは、あんなに太っていたのに。

2匹の蛾は、ひよひよと頼りなげに、羽を動かしながら、容器のなかを這いずり回っていた。

おカイコの成虫は、なにも食べない。

食べない生き物を見ているのは、つらい。

だが、一週間もすると、動かなくなった。

ほっとした。

前回とおなじように、庭の隅っこに埋葬した。




ピアノの先生が、どうしてあんなにたくさん、桑の葉を持っていたのか、もうわからない。

「桑の葉茶」というのがあるらしいから、もしかしたらお茶とか、作られるつもりだったのか。

けれども、あんなに驚いたことって、はじめてだったな。

「桑の葉っぱ」で悩み抜いていたら、まさか、ピアノの先生から、すぐにもらえるなんてねえ。

すっごくサバサバした先生だったから、そのあと、レッスンで、葉っぱのこともおカイコのことも、なんにも聞かれなかったよ。

でも、先生のおかげで、おカイコはまるまる太れたんだよね。

私が小学生のとき、いっちゃんうれしかった出来事は、「あのとき」なんだよ。

あの、太りすぎたおカイコが、コロコロ転がった「あのとき」だねえ。

いやあ、うれしかったねえ。

だとしたら、「しあわせ」って、「だれか(虫でも)が、『よく食べて太る』のを見る」だけでも、手に入るモンなんだろね。

前回はこちら
かわいいペットが飢え死にする?!|9才の私に襲いかかってきた試練 (前編)
先日、妹とズームで、長々と話をした。 メインテーマは、妹が職場で「いろいろ困っている」ってことだったが、すいません、その後、だいじょうぶかねえ? で、ズームのとちゅうで、ときおり「ピー、ピー」という声が入る。 妹が...
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