今年のピアノ発表会は、自分の体感として、去年よりある程度マシだった。
今回もトリルをぜんぶ弾きそこなったが、あきらかなミスタッチは、バッハ1ヵ所で済んだ。
まあ、ペダルの踏みまちがいとか、ヘンなとこでドッシンとか、そういう汚いのもたくさんあった。
しかし、去年みたいに暗譜がわからなくなって、平気でちがう和音並べるとか、そういう大惨事はまぬかれた。
弾いている最中も、去年とはことなる「ふしぎな感覚」を味わった。
それは、「ああ、こう弾くよね。うん、いつものとおりだな」という「やや手慣れた感覚」だった。
本番だからすごく緊張しているものの、ほんの少し「ああ、いつものアレだね」と、アタマの一部分が醒めていて、やや指が勝手に動く感があった。
とはいえ、「自動的」までにはほど遠い。
「ぜんぶ勝手に指が動いてくれます」なんて、そういうのは、このトシじゃもうムリだなあ。
さて、それでは、どうして去年と今年がちがうのだろう?
まあ、ごく単純に「たくさん練習した」ような気がしたので、練習時間をくらべてみた。
去年 平均2時間13分/日
今年 平均2時間42分/日
う~ん、やっぱりね。
1日あたり29分増えている。
60日間累計だと、29時間増えていて、なるほど、この増加分によって、空恐ろしいミスをしなくなったのだ。
なるほど、なるほど。
いつものごとく、「練習時間が多いと → マシになる」「練習時間が少ないと → ヘタになる」というシンプルな結果。
なんかさあ、「時間」以外の要素って、ほんまにないの?
いやあ、このあたり、もともと私は時間にとらわれすぎているから、アヤしいんだけど、自分ではほかの要素を思いつかない。
あ、部分練習の回数を、標準50回にしたことかな?
ヤバいとこを、数小節単位で、毎日50~100回反復練習するようになった。
この部分練習が、ちょうど「増加分」になっていると思う。
さいしょのうち、毎日最低50回はキツいかな?と思ったが、すぐ慣れた。
てか、低速で50回やっても、つぎの日にまた白紙にもどっていて、おう、またかよ、よし50回、と積むのが当たり前になった。
これが、ええんちゃう?
と思ったので、いま新しい課題でも試している。
▼バッハ:フランス組曲第4番 エール│10-16小節
ここのところが、部分練習に最適。
しかも、バッハでねちねちやると、だんだん瞑想しているみたいな心地になってきて、すごーく気もちよくなってくる。
ああ、おい、脳ミソでなんか出とるんかい?
これは、ドーパミンどばどばとはちゃいますな。
なんだろ? セロトニンだっけ?
セロトニンは、別名「しあわせホルモン」というそうで、リラックスして満たされた気分になれる。
ドーパミンは「強い快感」だけど、いや、これはセロトニンっぽいな。
そっかー、バッハで、そうそう、「うんとゆっくり」部分練習すると、セロトニンが出るんだなあ。
ピアノって、いろいろ出よりますな。