ちょうど雷に打たれたかのように、すべてを悟った。
そうだ、あれはまさしく「私」だ。
たかが「ざるそばのほぐし水入れまちがい」ごときで、丸一日立ち直れないほど、弱いのは「私自身」だった。
しかし、そんなにも「弱い自分」を自分ではぜったいに認めたくない。
だから、もうずっとむかしに、その「弱い自分」を「ないこと」にしてしまった。
厳重に封印したのだ。抑圧してしまったのだ。
けれども、その「弱い自分」は決してなくならない。
だって、「弱い自分」こそが、ほんとうの姿だから。
そんなふうに「押し殺してしまった自分」の姿は、ほかのヒトにあらわれてくる。見えてくる。
しかも「イヤなヤツ」「迷惑なヤツ」「虫唾が走るヤツ」として登場する。
これが「投影」の「シャドウ(影)」だ。
ほんとうは「自分が嫌っている『自分の要素』」なのに、それが「イヤな他人」として見える。
これはもう、心理学の基本中の基本だから、たしかによく「知っていた」。
そう、知識としてはわかっていた。
実習もたくさんやったし、さすがにアタマではわかっていた。
でもねえ、「7年前、ざるそばで絶望していた母ちゃん」が、まさか「自分自身」だったとはねえ。
ああ、そうか、そうなのか、あんなに弱いのが私だったのか!
と、スーパーを出て、駐車場に向かって暗がりをふらふら歩いていたら、突然、フッと身体が宙に浮いた。
つぎの瞬間、上半身がどこかに叩きつけられる。
……なにが起こったのか、ほんのちょっとわからなくなった。
が、ヒザを折り曲げた下半身は、どうやら側溝のなからしい。
つまり、ミゾに落ちたんですな。
顔面のうち、唇が地面にぶつかったらしく、血の味がする。
あ、サ高住の入居者さんで、顔面からころんで鼻の骨、折ったひといたな。
私も顔からころぶバアサンだけど、鼻はぶつけていない。
それにしても、なぜ私は、長々と大地に口づけしているのだろう?
こんなシチュエーションはまったく望んでいないので、私はゆっくり両手を地面について、よろよろ起き上がった。
あたりには、エコバッグから飛び出した食品が散乱していた。
まだ気が動転していたが、なんとか拾い集めて、クルマに戻る。
すると、クルマのキーがない。
さっきの現場に戻ると、わかりやすく道路に落ちていた。
クルマに乗り込んで、ややホッとしたら、あちこち痛みを感じてきた。
車内灯を付けて、ケガのていどを確認する。
口のなかを歯で切ったらしく、出血して腫れていた。
あと、両手のひらがズキズキ、左のヒジも痛む。
左ヒザは、タイツが破れてすりむいていた。
う~ん、私の「潜在意識」は、なかなか荒っぽい手口を使うのう。
「弱い自分」がこんな暴挙におよぶとは!
それほどまでして、私に、その存在を認めて欲しかったとは!
いや、もうよくわかったよ。
あんたが「ほんとうの私」だということは、やっとわかったよ。
それでいいよ。
「弱い」といったって、なにか基準があるわけじゃないから。
あんたは、あんたのままでいいんだよ。
ずいぶん痛い目にあってしまったが、あの「宙に浮いた感覚」は、かなり心地よかった。
一瞬の「無重力状態」は、まるで別次元へワープするかのようだった。
こうして、私はようやく、つぎの段階に進むことができたらしい。