恐怖の「ざるそば事件」の真相があきらかに│その3(最終回)

「こういうわけで溝に落ちた」という文字と、「ころぶ男性」のイラスト 心理学っぽいあれこれ

ちょうど雷に打たれたかのように、すべてを悟った。

そうだ、あれはまさしく「私」だ。

たかが「ざるそばのほぐし水入れまちがい」ごときで、丸一日立ち直れないほど、弱いのは「私自身」だった。

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しかし、そんなにも「弱い自分」を自分ではぜったいに認めたくない。

だから、もうずっとむかしに、その「弱い自分」を「ないこと」にしてしまった。

厳重に封印したのだ。抑圧してしまったのだ。

けれども、その「弱い自分」は決してなくならない。

だって、「弱い自分」こそが、ほんとうの姿だから。

そんなふうに「押し殺してしまった自分」の姿は、ほかのヒトにあらわれてくる。見えてくる。

しかも「イヤなヤツ」「迷惑なヤツ」「虫唾が走るヤツ」として登場する。




これが「投影」の「シャドウ(影)」だ。

ほんとうは「自分が嫌っている『自分の要素』」なのに、それが「イヤな他人」として見える。

これはもう、心理学の基本中の基本だから、たしかによく「知っていた」。

そう、知識としてはわかっていた。

実習もたくさんやったし、さすがにアタマではわかっていた。

でもねえ、「7年前、ざるそばで絶望していた母ちゃん」が、まさか「自分自身」だったとはねえ。

ああ、そうか、そうなのか、あんなに弱いのが私だったのか!




と、スーパーを出て、駐車場に向かって暗がりをふらふら歩いていたら、突然、フッと身体が宙に浮いた。

つぎの瞬間、上半身がどこかに叩きつけられる。

……なにが起こったのか、ほんのちょっとわからなくなった。

が、ヒザを折り曲げた下半身は、どうやら側溝のなからしい。

つまり、ミゾに落ちたんですな。

顔面のうち、唇が地面にぶつかったらしく、血の味がする。

あ、サ高住の入居者さんで、顔面からころんで鼻の骨、折ったひといたな。




私も顔からころぶバアサンだけど、鼻はぶつけていない。

それにしても、なぜ私は、長々と大地に口づけしているのだろう?

こんなシチュエーションはまったく望んでいないので、私はゆっくり両手を地面について、よろよろ起き上がった。

あたりには、エコバッグから飛び出した食品が散乱していた。

まだ気が動転していたが、なんとか拾い集めて、クルマに戻る。

すると、クルマのキーがない。

さっきの現場に戻ると、わかりやすく道路に落ちていた。




クルマに乗り込んで、ややホッとしたら、あちこち痛みを感じてきた。

車内灯を付けて、ケガのていどを確認する。

口のなかを歯で切ったらしく、出血して腫れていた。

あと、両手のひらがズキズキ、左のヒジも痛む。

左ヒザは、タイツが破れてすりむいていた。

う~ん、私の「潜在意識」は、なかなか荒っぽい手口を使うのう。

「弱い自分」がこんな暴挙におよぶとは!

それほどまでして、私に、その存在を認めて欲しかったとは!




いや、もうよくわかったよ。

あんたが「ほんとうの私」だということは、やっとわかったよ。

それでいいよ。

「弱い」といったって、なにか基準があるわけじゃないから。

あんたは、あんたのままでいいんだよ。

ずいぶん痛い目にあってしまったが、あの「宙に浮いた感覚」は、かなり心地よかった。

一瞬の「無重力状態」は、まるで別次元へワープするかのようだった。

こうして、私はようやく、つぎの段階に進むことができたらしい。

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