「悪い」のは本当に母なのか?│叔父さん夫婦との再会│その3

日々のあれこれ

叔父さんは、私たち姉妹が母のことを放ったらかしにしていることを、まったく何ひとつ責めなかった。

それどころか、叔父さんは私たちの母に会ったとき、こんなふうに話してくれたという。

「お義姉ちゃん、『春子が急におらんようになった』言うてるけど、なんかあったんちゃうか?

お義姉ちゃんがなんもしとらんのに、子どもがみんな寄り付けへんっておかしない?

なあ、なんかあったやろ?」

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叔父さんは「まあ、僕がそう言うても、お義姉ちゃんは『なんも思い当たらん』言うて、クビ振ってたけど」と、顔をクシャクシャにして笑った。

私は、叔父さんの屈託のない笑顔に救われた。

そして、ついウカウカと「うん、そのとおり、私は悪うないわ。悪いのは母ちゃんやわ」とうなずきたくなった。

叔父さんは、つづけてこう話した。

「だから、僕はお義姉ちゃんに言うたんや。

子どもに来て欲しかったら、まずお義姉ちゃんが変わらなあかんで。

それな、「依正不二(えしょうふに)」って言うんや。

自分が変わったら、相手も変わる』」

私も妹も「依正不二(えしょうふに)」ということばは、はじめて聞いた。

叔父さん夫婦は、ある宗教を信仰しているので、その関係のことばだろう。




すると、叔母さんが「稲穂がアタマを垂れたら、その『影』も下に垂れるでしょう? そんな感じのことですよ」と控えめに教えてくれた。

あ……そっかー、たぶん心理学でいう「投影」に近いかなあ、と私は思った。

依正不二(えしょうふに)

「依正不二」というのは、自分の周りの人たちとの関係(依報)と、自分の持っている身体や心(正報)が、相互に影響しあっているっていうことだよ。

人間関係は、自分が過去にどんな行動をしたかによって形成されているし、身体や心もそうだよ。

だから、人間関係を改善すると、身体や心も改善されるし、身体や心を改善すると、人間関係も改善されるんだよ。

※BingAIに「高校生にわかるように説明して」と頼んだ回答

しかし!

私はギクリとした。

だって、さっき「ほうら、母が悪いじゃん」と感じたのだが、ソレって「私のなかにある要素」が「母のなか」に映し出されているんじゃないかっ?!

そう、そうだ、そうだよ!

だから、母が悪いんじゃない。

私自身が「自分のなかで、自己嫌悪しているホニャララ」が、母のなかに見えてしまって、それで「母を悪者」にしたがっている。

「意地でもアタマなんか下げるもんか!」をやっているのは、じつは私じゃないか?!

●本日のネットビジネス準備:2時間09分
●本日のピアノ練習:1時間55分

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