すっかり年老いて、欲も得もなくなった母。
いまから9年前、両親が住んでいたマンションは、荷物が段ボールで約100箱あった。
ま、昭和ヒトケタ人間だから、モノを捨てられへん。
父なんて、小学1年からの通知簿まで保管している始末。
その父が脳梗塞になり、もう自宅に戻る見込みがなくなったので、父の荷物はすべて処分した。
で、そのとき母はみずから「施設に入る!」と希望した。
だが、父の荷物をゼロにした後でも、母の持ちモノは段ボール約70箱。
あったり前だけど、施設のひと部屋に入りきらない。
なので、施設のすぐ隣に、私がワンルームマンションを借りて、ソコに、あふれ出た母の荷物を押し込んだ。
来る日も来る日も、母の持ちモノ整理に挑むが、「大量の服」は果てしない。
しかも当時は、母にどの服を見せても、なかなか処分する決心がつかない。
まあ、そうだろうと思っていたので、私も無理強いはせず、とりあえず「服の圧縮」に励んだ。
服のたぐいは、縦向きにして衣装ケースにおもくそ詰め込めば、けっこう入る。
だから、捨てないで「段ボール約50箱」まで縮小、その後、母は4回の引っ越しを経て、現在にいたる。
ついこないだの引っ越しは、段ボールで約30箱ぐらいかね。
「服もタンスも大量に捨てた」と主張する母ちゃん。
「もう服は買わない」と高らかに宣言していた。
だのに、昨日からデパートの通販カタログをしきりに眺めている。
「今月買うと、お誕生月だから15%引きになる」と顔を輝かせている。
ああ、はいはい。
「私、ボーダーのTシャツ、買ったことなくて。
春ちゃん、このTシャツ、どうかしら?」
「あらあら、すてきね~、母ちゃんにとってもよく似合いそう」
「あとね、涼しいパンツが欲しいの。
ちょうどこのパンツの生地がサラサラしてそう、どうお?」
「いいじゃない?! それもいっしょに買ったら?」
「そうね、15%引きだしね」
っつーことで、母はよろこんで電話で注文していた。
なるほど、もう外出できないお年寄りは、こうやって買い物するんだ。
母はじきに90歳。
せいぜいいまのうちに、気が済むまで何枚でも買うときなはれ。
で、ふと思い付いて、母のチェストに入っている「服の枚数」をカウンターで数えてみた。
衣類用のチェストを、母は4個持っていて、さらにプラス、ふつーの洋服ダンスと衣装ケースが4個ある。
とりあえず1個のチェストに入ってる服を、カウンターでカタカタ数えている私を見て、
「なにしてんのっ?! そんなヤなことやめてぇ~、今日2枚買ったのにぃ~」と大笑いする母。
このカウンターは、ふだんピアノの部分練習の回数を数えるのに使っている。
ピアノ以外に使うのは、はじめてだが、
「うん、数えたよ、ぜんぶで74枚だった」
母ちゃん「ひええっ! そ、そんなに……」と絶句する。
そして、自分から「あと3つチェストがあって、タンスがあって……
えーっ?! もしかして1,000枚ぃ~っ?!」と叫ぶ。
まあね、こまかいのも数えたら、きっとそのぐらいかな?
もうさ、1,000枚が1,002枚になっても、たいして変わらんよ。
てか、むかしは2,000枚以上あったんだろう。
服が大好きなんだな、母ちゃん。
そんなに好きなモノがあって、いい人生だね。