子どものとき、両親の意向でピアノを習っていた。
父はクラシック音楽が非常に好きで、しょっちゅうレコードをかけていた。
母は歌が好きで、中学・高校は合唱部に入り、社会人コーラスもやっていたという、これまた音楽好き。
ふたりともそうだったから、私は当たり前のようにピアノを弾いていた。
当時の話を、いま母に訊いてみると、
「毎日ちゃんと練習していたよ」とのこと。
ただし、ピアノを習いはじめた当初は、みずから進んで練習する子ではなかったらしい。
しかたがないので、私の横に、母がついてくれて、一定時間練習させたという。
だけど、そのころはまだ、妹がごく幼かった。
で、母が私のピアノを見ていると、ヤキモチを焼いて、悪さばっかりする。
しょうがないんで、母は妹を抱っこしながら、私の練習に付き合ってくれたそうだ。
そういえば、ピアノのイスの上部に「白く削れたキズ」があったのを、よく覚えている。
そのキズは、妹がかじってつけた「歯型」だった。
活発な幼児だった妹が、イスの背後からよじのぼり、ガリガリとかじったんだろう。
じゃあ、そのとき妹は3歳ぐらいかね。
だったら、私は7歳か。
小学1年生か。
自分では、まったく覚えていないが、そのころからピアノを弾いていたんだ。
練習がタイヘンと思ったことは、とくにない。
ウチんなかは、年がら年中レコードが鳴っているし、親も音楽の話をしょっちゅうしている。
レコードでかかる曲は、ピアノはもちろん、交響曲、協奏曲、オペラ、声楽などいろいろ。
父は無口だったから、子どもの私に、音楽の話をすることもない。
けれでも、繰り返しレコードを聞かされて、親同士の会話をちょちょっと耳にはさんでいるうちに、しぜんとクラシック音楽になじんだ。
自分がピアノを弾くこともふくめて、そういうこと全般が「慣れ親しんだ領域」だった。
だから、私が13歳のとき、急にピアノをやめることになって、ひどくとまどった。
「やめた理由」はいくつかあるが、もっとも大きな理由は「おカネがない」ということ。
ウチの親は、「白黒」がハッキリしている。
ピアノをヤるならヤるで、音大進学。
ヤらないなら、すっぱりやめる。ピアノは売却。
「ピアノを趣味でつづける」という、グレーゾーンは存在しない。
それにもともと「子どもの意思を、子どもに尋ねる」という考えも、まったく持っていなかった。
いや、いま現在、当時を振り返って、そういう親であっても、結果的にスゴくよかった、OKだったと思うけどね。
「どうしてもヤりたいこと」は、何歳からでも、自分ではじめたらいい。
私はけっこう「ヤりたいこと」が湧いてくる性分だ。
気をつけないと、アレもコレもヤりたくなり、中途半端に手を付けて散漫になってしまう。
だが、いまこれから、ギュッと的を絞って「ヤりたいこと」は「ピアノ」だ。
そう迷わず思えるのは、両親のおかげ。
親が環境を用意してくれたからね、頼んだわけでもないのに。
いまは、あの「慣れ親しんだ領域」を、自分ひとりで堪能してみたいと、そう強く願っている。