亡き父宛の感謝状

明け方に父の夢を見た。どういうわけか、風呂場で父とケンカしそうになっている夢。風呂おけに貯める水の量とかで折り合いがつかない。父は無口だからほとんどしゃべらず、私が一方的にヤイヤイ言っている。

それでも納得しそうもない父。このままでは気まずくなってしまう。私は突然大声で「もう、今しかないじゃない! 今しか! だから、お願いだから仲直りしてよ!! もう今しかないんだから!」と叫び、そしてワンワン泣きはじめた。

そして、うわ~~んと大泣きしながら父に飛びついた。父の胸は大きくて温かかった。私はますますいっそう泣きじゃくった。

そこで目が覚めたのだが、本当に大量の涙を流していた。両方の耳の穴まで涙が流れ込み、枕にも染みこんでいる。夢でこんなに泣いていたのははじめてで驚いたが、それにも増して、ああ、もう父ちゃんはいないんだ、死んじゃったんだ、もう会えないんだ、だから「今しかない!」って叫んでいたんだ、という思いがこみ上げてきて、まだしばらく泣き続けていた。

そういえば、今月8日は父の誕生日だったというのに、思い出すこともなかったと後悔したり、父の誕生日の3ヵ月後がピアニストB氏の誕生日なので、にわかにB氏の動向が気になったり、としばらく脈絡のない考えにふけっていた。

するとそのとき、チャイムが鳴って宅配便が届いた。見ると、送り主は父が献体をした大学だ。細長い包みを開けると、黒くて丸い筒が現われた。卒業証書が入っているようなあの筒である。なかに丸まっている大きなぶあつい用紙を引き出すと、それは亡父宛の「感謝状」だった。

A3大の上質な用紙を使ったじつに立派な感謝状で、金色の紋章やレリーフまでほどこされており、末尾には、その大学のさらに上位機関の代表者名が墨痕も鮮やかに、といってもよく見ると印刷だが黒々と記されていた。とっさにはなんのことかわけがわからず、私はぼーっとそれを眺めて、ああ、そうか、いまは〇〇〇 〇〇というひとが、ソレをやっているんだなあと思った。

さっそく玄関にある父ちゃんの骨壺に、感謝状を見せに行った。ほら、父ちゃん、こんなエラいヒトからちゃんと感謝状が来たよ。献体してよかったね。じゃあ、読んであげるね。

第〇〇〇〇号 感謝状 故 〇〇 〇〇 殿
あなたは生存中の御意思に基づき このたび医学の教育のために御遺体をささげられました
その崇高なお心は医学を志す者に対して大きな励みを与え医学の教育の充実向上に大いに寄与されたところであります
よってここに深く感謝の意を表します
平成二十九年十月十一日
〇〇〇〇 〇〇〇 〇〇

そうだった。10月11日は「感謝状伝達式・解剖体慰霊祭」だった。事前に案内状は来ていたけれど、遠方なので欠席届を出していたし、しかもその日すら思い出さなかった。それでかねえ、父ちゃんが夢枕に立ったのは。すっかり忘れていてごめんね。

賃貸マンションの実家を引き払うとき、父の遺品は全部処分してしまった。そのときは、母が介護施設に移ることになっていたし、父の荷物はすべて捨ててしまった。どうも父は自分の足跡を全部残しておきたかったらしく、各学校の卒業証書はもちろんのこと、小学1年のときから夜間大学の最終年に至るまで、すべての成績表もきちんと保管していた。

なんとなく捨てるに忍びなかったけれど、私のウチは5畳一間ワンルームなので、大量の紙類は自分のモノだけでもあふれかえっている。しかたがないので結局捨ててしまった。けれども、思いがけず最後にこんな立派な感謝状をもらっちゃったね。これは、さすがに当分のあいだは大切にあずかっておこう。

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