なんだか、なにもしたくない。
ああ、うん、大晦日なんだよね、今日は。
母が入院してから、起床時刻がだんだん遅くなって、今日は7時だったかな。
やるべきことは、まず母への手紙。
その前に、ピアノの練習をしたかな? したな。
以前とおなじく、つづけて弾けるのは30分。
きっかり30分でやめて、雑用……をするはずなのに、なにもしたくない。
でも、手紙は書いた。
便箋と封筒は、母自身がたっぷり溜め込んでいた在庫を使う。
かわいい花柄や、和紙の素材で、色はほとんどがピンクかパープル。
で、シールも山ほどある。
やたら「ハート型」のシールが何十枚も。
そうなんだ、ハートが大好きなヒトなんだ。
しょうがないから、いつも封筒にベタベタ貼っておく。
持ち物を見ていたら、ほんと、母ちゃんは「女のコ」なんだな、とよくわかる。
ずーっと女のコで生きてきたのに、いきなり「老衰」になっちまった。
夕方、病院へ手紙を届けに行く。
手紙には「受付へ渡した時刻」を記入していて、今日は「16時55分」。遅い。
帰宅してから、ピアノの練習。
ようやっと、つぎの曲の指使いを考えはじめたら、しんどくて、なんかほかの曲をズルズル弾いてしまう。
30分をとっくに過ぎて、ああ、そう、バッハばっかりズルズルダラダラ。
そうしたら、手が痛くなってしまったので、こんどはユーチューブに逃避する。
またまたバッハばかり聴いている。
そういえば、クルマで聴く曲も、ぜんぶバッハで、いまはゴールドベルク変奏曲にどハマりしている。
ああっ、どうしてこんなにバッハに逃げているのか?
それは、やっぱり母が「あんなこと」になってしまったのが耐えられないから。
病院から、なにも電話がないところを見ると、そう、母はもうまもなく「年越し」できるのだ。
ほんとは、年内で「お迎え」が来るはずだったのに、もうじき、ゆっくりと「年」が変わる。
ちょうど一年前、私はもう、ピアノをあきらめていた。
だが、1月に入って、ひょんなことでピアノを再々開した。
それで?
そうだな、やっぱりピアノつながりで、自分を見直したくなって、それで、大和内観研修所へ一週間内観へ行ったのが、今年の2月。
その後、怒涛の展開で、7年ぶりに母へ電話をしたのが、5月3日。
サ高住に入所していた母を退去させて、私も引っ越して、同居をはじめたのが、7月10日。
だのに、母が急速に食べられなくなって、入院したのが11月30日。
この時点で余命1ヵ月だったのを、主治医に直談判して、延命治療にもっていって、大晦日の今日。
ふう。
今年のピアノ練習時間は、1年合計で449時間。
1日平均、たったの1時間13分。
母のことがいちばんだが、自分の人生も大事。
来年は、ピアノの練習をもっと増やす。