いよいよ明日が、胃ろう造設の日。
で、「1月17日」という日付に、はれ?ってなった。
なーんかあったような気がしましてのう。
検索したら、ほうほう、阪神大震災だった。
1995年1月17日だったよねえ、ウチが半壊になっちまったのは。
あれから29年。
はれれ? 29って数字、ああ、そうそう、母ちゃんが私を生んだトシだ。
てことは!
へええ、母ちゃんは、61歳のときに震災にあったんだ。
で、私は、自分が61歳のときに、母ちゃんの「胃袋ピアス」に立ち会うっとな。
ふしぎだねえ。
震災当時、61歳の母は、かなりマイッていた。
インフルエンザにもかかってしまい、高熱が何日も引かず、タイヘンだった。
いっぽう64歳だった父は、ビクともせず、床全面が壊れた家財で埋まっているのに、金槌を探し出し、ゆがんで開かない玄関扉をガンガン打ちたたいて、ついには開くようにした。
配水車が来れば、両手いっぱい水をもらって帰ってくる。
食料も探しに行って調達してくる。
散乱している荷物もどんどん片付けていく。
いやあ、頑健なカラダをしていたもんだねえ。
そんなことを思い出していると、ふと、父が、いまの母を心配そうに、空の上から見ているんじゃないか、って思ったよ。
いやいや、だいじょうぶ。
母は、きっと手術を乗り越えて、まだ「こちら側」でがんばりますよってに。
お父さんとお母さん。
子どもにとっては、いつも特別な存在。
そして、私はいま、母に対して、なんの屈託もなくなって、とてもすがすがしい気分だ。
で、私は私で、音楽と本に没入している。
小さいころ、1枚のレコードを聞き終わって、ホワーッと夢から覚めたような心地。
1冊の本を読み終えて、やっぱりボーッとして、なんかドコにいるのかわからなかったあの気分。
そうそう、ああいう「ふわふわタマシイが抜けたみたいな感じ」が、よくあって、
いまちょうど、その「ふわふわ感」が戻ってきた。
それが、ものすごくうれしい。
ああ、そうなんだ。
なにかに夢中になって、ふわふわしているのが、ほんとの自分だったな。
だから、「母をイヤに思う」というのは、まさしく「自分のどこかをイヤに思う」ということ。
その「自分をイヤに思う」ことが消滅して、そしたら、すべてがふわわ~んとなっちゃった。
うんうん、心理のお勉強で習ったとおりになったね。
明日もきっといい日になるよ。