いったいどうして、そんなに車椅子がイヤなのか、母の気もちをとっくり訊いてみた。
そしたら、さいしょは、
「あんなにデカくてかさばるモノが、部屋のなかにあるのがイヤ!」と言う。
ふんふん、たしかに、美的なモンじゃないしね。
さらにあれこれ尋ねているうちに、母はポソッとこう洩らした。
「ほんとはね、車椅子なんて使い出したら、もう『歩けない』って烙印押されるみたいで。
だから、イヤなの。
そりゃ、もう歩けないよ。わかっているよ。
でも、ヤだよ、悲しいよ、情けないよ」
そうだよなあ。それはわかるっちゃーわかる。
ケアマネさんたちが、安全第一で車椅子を強力にお勧めするけど、たしかにね、みじめだよね。
けれども、いまウチで使っているキャスター付きイスは、さすがに危ねえってことで、今日午後、福祉用具スタッフさんが、さっそく車椅子を2台持ってきてくださった。
そのうちの1台は、コンパクトで幅が狭いし、ひじ掛けを跳ね上げられたり、なにかと使い勝手がいいらしい。
スタッフさんは、母のベッド横で、車椅子がよく見えるようにして説明してくれた。
でも、母は「ずいぶん大きいわねえ」と渋い顔。
私「もっと小さいといいの?」
「そうねえ、いま使ってるいるイスより、ちっちゃいぐらいがいいんだけど」
いやいや、ふつーのイスよりちっちゃい車椅子なんてねーだろっ?!
けどなあ、たしかに車椅子ってのは、やたら大きくて大層なモノにはちがいない。
母はインテリアが好きだから、ふう、優雅さにはほど遠いシロモノだよね。
しかし、スタッフさんは車椅子の安全性を一所懸命母に話してくれる。
スタッフさん「キャスター付きイスで、横に転落して骨折したヒトもおられるんですよ。
なによりも安全が大切ですから、どうか車椅子をお試ししてみてください」
スタッフさんの努力のおかげで、ようやっと、車椅子に座る気になった母。
私が押して、じっさいにトイレへ向かう。
ただし、ウチの廊下はかなり狭いので、トイレ入り口に対して、車椅子を真正面に置くことができない。
やや斜めにしか置けないので、う~ん、便座にはちょっと遠くなるなあ。
いちど車椅子から便座へ、トイレ内手すりを頼りに移動してもらったが、ひゃあ、危なっかしい。
その点、キャスター付きイスは、車椅子より小さいので、もっと便座には近づけられるというメリットがある。
といっても、左右に手すりがないから、ほんと転落の恐れはあるのだ。
スタッフさん「ケアマネさんも私も、もちろん車椅子をぜひお勧めします。
とはいえ、強制はできません。
やっぱりお母さまご自身のお気もち次第ですから」
そう言われて帰られた。
ふう、どうしようかなあ、と思っていたら、母がトイレに行きたいと言う。
私「そう。じゃあ、イスにする? それとも車椅子? どっちでもいいよ」
「せっかくだから、車椅子を試してみようかしら?」
おやまあ、めずらしい!
すなおな母にしたがって、もういちど車椅子でトイレへ行く。
私も少しは慣れて、さっきよりは便座近くに寄せることができた。
どんどん足が衰えていく母が不憫でもあるんだけど、まあ、どうか車椅子に慣れてくれると助かるのう。