昼食時、といっても母は例のごとく、栄養剤を胃ろう注入なんだけど、ごはんのときは、電動ベッドの上半身を上に傾けて寝ている。
これ、注入が終わってからも、胃からの逆流をふせぐため、しばらくは上半身を上げたままの姿勢ね。
私は、いつもベッドサイドテーブルを、母の顔がよく見える位置に移動させて、そこで自分の食事を取る。
いつもとりとめのないおしゃべりをしているが、急に母が、
「ねえねえ、きっと春ちゃんなら知ってると思うけど」と、おもしろそうに目をクリクリさせた。
「なになに?」と、いちおう身を乗り出す私。
「あのね……『軍艦島』知ってる?」
「わっはっは! 知ってる知ってる。
そりゃ私、廃墟大好きだもん。
つーか、母ちゃんが軍艦島を知ってることが、すんごく意外!」
母「まえにテレビで見たのよ」
「うん、テレビ向けのネタだね」
▼「軍艦島(端島)」とは、むかし炭鉱で栄えていた長崎沖の小さい島である。
出典 https://www.asahi.com/articles/ASP7D7CYXP7DUHBI02J.html
母「すごくおもしろくて……あんなにむかしにねえ。
小さい島で、迷路みたいな高い建物におおぜい住んでいたなんて」
「そうそう、石炭でみんな押し寄せたんだよね。
いまは建物内に入れないから、ドローンで内部を撮影したヤツ、ユーチューブで見られるんだよ」
「あ、ドローンで? いつか見たい!」
「うんうん、スマホじゃ小さすぎるから、パソコンで見ようね」
と言いつつ、そもそもパソコンの場所まで移動するのが、もはや母ちゃんはおっくうというか。
ついこないだ、もう車椅子になったから、べつにたいしたことないんだが。
やっぱりいろんなこと全般が、徐々にしんどくなって、車椅子での移動ですら、そこまで意欲が湧かないみたい。
食事のあと、しばらくはおしゃべりを楽しむけど、私が後片付けとか一段落してから、母の部屋をのぞくと、もうスヤスヤ眠っていたりする。
サイドテーブルにあるキンドル(電子書籍)│小泉八雲全集も「ろくろ首」で止まったまんまだ。
私は、そのキンドルを開くたびに、ちょっと複雑な気もちになる。
電子書籍なら、大きな字で読みやすいし、ページもタップでめくることができて、とてもよろこんでいた。
けどね、もう読書もしんどくて、眠っているほうがラクなんだなあ。
そもそも、口から食べたい気もちはまったくない状態がつづいている。
去年11月下旬から、とうとう食欲はゼロになり、これはもう、経口摂取はほぼムリだろうね。
だのに、そうした身体とは不釣り合いに、表情ゆたかに楽しそうに会話する母。
なんとかねえ、身体が持ちこたえて、せめて百歳は超えてほしいんだけどね。