ワシ、基本形は「おっさん」なので、おしゃれとかありゃあオカマがするもんじゃと思てる。
自分が必要に迫られて、おしゃれ系のなにかをやるときは、うん、オカマになったようで気恥ずかしい。
なので、生まれてはじめて「美容院」に行って毛ェ染めたのは、いまから2年まえ55才のときである。
それは、職業訓練でいっしょだった二十代三十代の女性たちが、熱心にすすめてくれたからだった。
若いヒトたちの思いやりがうれしくて美容院に行ったけど、はあ、やっぱり長つづきせえへんかった。
がんばってそのあと3回行ってみたけど、あかん、またケツ割った。
以来毛ェ伸びてきたら、まあ草刈りみたいにしゃーないなと思って、1,000円カット店でおもくそ短く刈ってもらってた。
しかし、だ。明日は初出勤なのである。
こんどのパートは接客もあるんだよね。白髪ボーボーのババアが応対したら、さすが会社に迷惑じゃなかろうか?
というわけで、今日は最寄り駅近くにある「白髪染め専門店」へ行ってみた。
そんなトコもはじめてだけど「染める→オートシャンプー機→自分でドライヤー」というシステムで格安らしい。
おそるおそる店に入ったら、ほっそりキレいな女性がていねいに迎え入れてくれた。
カラーの説明もとてもくわしい。せっかくだから、少し茶色っぽい色を選ぶ。
染めてもらっているときに、いろいろおしゃべりしはじめたが、その女性の娘さんのハナシからエラい展開になっちまった。
さいしょは「14才だから、もう、反抗期でねー」とか言ってたんだけど、じつはその娘さんがバレエをやっているとわかった。
「え? それはスゴいですね。もう長いあいだ習っているんですか?」
「そうなんですよ、ずっとです」
「何才からはじめたんですか?」
「2才半のときですよ」
えーーーっ?! そ、それはタダゴトじゃねーよっ!とワシ大興奮だわさっ!
ピアノは3才ぐらいではじめるヒトおるけど、つか、親がやらせるんだよね。
「え? え? そんなに小さいときからできるんですか?」
「はい、オムツしたままでも習えるところを探したんですよ」
「へええっ! オムツはいたままバレエって……。それで娘さんは好きになったんですか?」
「そうなんですよ。もともと動くのが大好きなコでよろこんでやってたので」
「へええええっ! じゃあずっと好きでやっていてもう14才までつづけてこられたんですね?」
根掘り葉掘り訊いてみたら、もう相当なレベルらしくって、コンクールにもどんどん出場しているとのこと。
「練習ってどのぐらいするんですか?」
「週に4日レッスンに通っていて、1日5時間やるんです。ウチでも練習できるように、一部屋全面鏡でバーも設置しているんですよ」
はあああ! そこまでするとは……ものすごい世界だ。
ああ、でも2才半からレッスン探しってことは、たぶんこのお母さん自身がバレエをやってたんだな。
訊いてみると、やっぱり「はい、私もこどものときから二十までやっていて、最近になってまた再開したんです」という。
「なかなか戻らなくてタイヘンですけど、楽しいですよー」とうれしそうにしている。
となれば、ワシもついついピアノのハナシをしてもうたがな。
「私もね、むかしピアノを習っていて、このあいだ4月からレッスン再開したんです。で、音出しできるマンションに引っ越して、グランドピアノ買ったばかりなんです」
するとその女性は「わあー!かなりの『ピアノバカ』ですね! でもそうなる気もちはすっごくよくわかります。ウチの姉もピアノやっていて、こないだグランドピアノ買ってました。リビングにグランドとアップライト、2台あるんです」だとさっ!
それからふたりでさらに大盛り上がりで、「芸事は、とにかく練習練習でタイヘンだけど、やっぱり楽しい、おもしろい!」と、いったい何しに来たんだか忘れ果てるほどしゃべり倒した。
娘さんにはできる限りのことをしてあげたいと目を輝かせていたなあ。
レッスンは、自宅からクルマで40分もかかるそうで、中学校放課後に娘さんをレッスンまで送り、お母さんはいったんウチに帰ってお弁当を作って、夜10時にまた娘さんを迎えに行っているそうだ。ソレ、週に4回もするなんて!
「できれば、海外に行かせてやりたいんですよ。このあいだ、ロシアのバレリーナのひとが来日したとき、私も念願のレッスンを受けることができて夢みたいでした」
な、なんかヨソの惑星みたいなハナシになってきよった。でも、プロレベルのハナシっておもしろいねえ。
娘さんが受けるコンクールともなれば、中学生であってももうすでに技術的なことはほぼ完成しているコばかりなので、表現面が問われるらしい。
ふうん、ピアノもそんな感じだって聞いたことあるなあ。やっぱりおんなじなんだな。
ええと、なんでココに来たんだろ?
そうそう白髪染め。染めたあとのシャンプーは、まずその女性が軽く洗ってくれて、そのあとは「オートシャンプー機」にかけてもらう。アタマ全体、強めのシャワーがまんべんなく当たるような感じでとても気もちいい。そしてちゃんとキレいに染まったよ。
最後になってその女性は「お互いがんばりましょうね!」と言ってくれた。
いやあ、うれしかったなあ! このヒトのおかげでますますピアノやる気満々になっちゃったよ。
それにしても、このところふしぎなご縁ばかり降ってくる。
きっとね、ワシのことを応援してくれるヒトたちから「気」とか「パワー」をもらってるからだと思うなあ。