ずっしり重たいフレンチクルーラー

楽天カードで「ポン・デ・リング1個無料、全員にプレゼント!」というキャンペーン。ミスタードーナツで「ポン・デ・リング」というむずかしい名前のドーナツをタダでもらえるそうです。スマホでその画面を見せるといいらしい。それで今日は、二十年ぶりくらいにミスタードーナツのお店に行って来ました。

スマホ画面をうまく見せられるかドキドキ。お店に入るまえに一回表示させてテスト。中に入って店員さんに見せたら、すぐにわかってもらえました。ポン・デ・リングというドーナツははじめて食べるのですが、丸い玉が八つつながったおもしろい形です。外にかけたお砂糖はカリカリ、でも中身はちょっともちもちでとてもおいしかったです。

長年買ったこともなかったし、ああいう若いひと向けのお店は緊張しますね。でも、ショーケースの中にいろいろ並んでいるドーナツのなかで、ひとつだけ見覚えのあるドーナツがありました。それは「フレンチクルーラー」というドーナツです。

「T子ちゃんはね、フレンチクルーラーが好きなのよ」と昔々母が言っていたのを思い出しました。それを聞いた私は「ふれんち? なに? むずかしい……」

当時私はぼーっとした小学生だったと思います。こどものころから食べ物の味がよくわかりません。対して、四つ下の妹T子ちゃんはもともとアタマの回転もよく、幼稚園児のころから非凡な記憶力を発揮していました。彼女はたぶんまだ小学低学年だったでしょうが、クソむずかしいドーナツの名前も一発で覚えて、ちゃんと母に伝えていたんだと思います。

妹はとても口数の少ないこどもでした。ごく小さいときからほとんどしゃべりません。はしゃいだり騒いだりするところも見たことがありません。いま思い返すと、母に対していい子であろうとして忠実に母の要求に応えるべく、自分の意思すべてを封じ込めてしまったのではないかなあと思います。

この「自分の意思を持ってはいけない」というポリシーは、じつは母のポリシーでもありました。母は生い立ちが複雑だったため、幼いころから自分を押し殺し、ひたすらガマンするようになったのです。まあ、もともと生まれ持った性格もそういう要素が大きかったのでしょう。そして、その忍従する性格を妹がしっかり受け継いだように見えます。

母自身もたびたび「T子ちゃんを見ていると自分そっくり」とため息をついていました。そんな言いたいことをなかなか言わない妹が、フレンチクルーラーを好きということは母ちゃんに話したんだなあ。

「T子ちゃんはね、フレンチクルーラーが好きなのよ」という母のことばには、妙に重苦しいニュアンスがまとわりついていました。めったに自分の望みを話さないこどもが言ってくれた、ああ、そうなの、よくわかったわ、ちゃんと覚えておくわ。フレンチクルーラー、絶対忘れないわ。そういう母の生まじめさがにじんでいます。

そしてもうひとつ。いまだからわかるのですが、母はきっと「ああ、私には自分の好きな食べ物を覚えていてくれるひとがいなかった」という深い悲しみと怒りを、心の奥底にいつも抱えていたにちがいありません。自分のこどもにはそんな思いをさせたくないという愛情はもちろんあったでしょう。けれどもこういう感情もあったはずです。「私はそんなヒドい母親じゃないのよ。ホラちゃんとこどもの好きなものを覚えていてあげてるの。ね?こんなにいいお母さんなのよ。さあ、これを二倍三倍にして返してちょうだい! でないと、私の人生は報われないわ!」

かくして「フレンチクルーラーが好きなのよ」ということばには、まるでご神託のようにおごそかで、ゆめゆめ粗略にしてはいけない重みがずっしりと込められていました。その迫力に気圧された私は、「ああ、ふれんちくるーらーは絶対忘れてはいけないんだ」と強く心に刻んだのでした。

妹は母にとてもよく似ていますが、私は父にそっくりです。まるでクローンのように、そのニブさ、その無神経さ、その能天気さを貰い受けました。おかげで、ふつうのひとよりも悩むことが少なくのほほんと生きてこられましたが、ずいぶん長い間、妹の繊細さを理解することができませんでした。

高齢の母が亡父のあとに続いたら、家族は妹だけになってしまいます。「いまもフレンチクルーラーが好きなの?」と一度妹に尋ねてみたいです。