「ナマケモノであること」を受け入れる

「自分がナマケモノである」ということをしばらく考えていました。いやあ、確かにそうだとある程度受け入れられていますが、そっくり全部丸々納得しているかというと、う~ん、まだじゃないかなあ?と思ったので深掘りしてみます。

そもそも「ナマケモノであってはいけない」というルールを作ったのは、親に気に入られたかったからなんです。「親にとって役に立つ自分」でありたかったからなんですよね。そのルールを職場とかでも当てはめていたので、「会社にとって役に立つ自分」とか「お客さんに役に立つ自分」とか「〇〇さんに役に立つ自分」になりたかったんです。

でも、元々の本性がナマケモノだから、「本来の自分」と「演じているニセの自分」のギャップが大きくなりすぎて、それで破綻しました。つまり他人軸で生きていたことがまちがいだったんです。

で、ふと気が付いたのですが、ああ、本来の自分がもっと生き生きしたかったんだなあ、そうだったんだとあらためてわかったんです。「本来の自分」=ナマケモノちゃんが「ニセの自分」に押し殺されていたんだな。

ナマケモノちゃんは、もっとのびのびと怠けたいのに、そうさせてあげなかったな。「おまえ、出てくんなよ!」ってひっぱたいていたな。

そうか! 私が自分軸で生きるということは、ナマケモノちゃんをもっと好き勝手にさせることなのかもしれない。私の場合、「ありのままの自分」=「ナマケモノちゃん」だから、ありのままの自分を大切にするということは、ナマケモノちゃんを自由にすることなんですよね。

ということは、野放図に際限なくダラダラなまけまくる、が正しいとなります。まあ、カウンセラー先生が年がら年中「好きなことをしましょう」って言っていますが、ああ、こういうことなのねと腑に落ちました。

ふうん、それでは本格的に「ナマケモノちゃん野放し作戦」をこれからは考えていきたいと思います。

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