いまも愛されている

深夜寝たのが3時半、起きたのが朝8時41分だった。目が覚めて、やっぱり逝ってしまったひとのことを思い出した。なにかあると、すぐ眠りに影響が出てしまう。私なんかが考えるなんておこがましいんだけど、え? こんなに大きな存在だったんだ、ととまどう。

来月には、父の火葬をひかえている。父は去年3月に亡くなったが、医大へ献体したので火葬はまだなのだ。父のことも思い出されて、また涙が出てきた。

父もまた、私や妹、母をとても愛してくれていた。とくに母のことは本当に大事にしていて、入院して寝たきりになってからもずっと母の心配ばかりしていた。83才で脳梗塞だったので、少しばかり認知症もまざってきたが、なおいっそう母に対する想いはつのっていった。

母の名前を呼んで「あの子はかわいそうな子や」とオイオイ泣いているときもあった。母が幼いころ、実母(私の祖母)に去られたことを思っての涙だった。

私にもしきりに謝ってくれた。「大学のこと、すまんかった」と何度も言って、また泣いている父。私を進学させなかったことを言ってくれているんだが、もうそんなことはちっともかまわないのに、それどころか、父自身が半身不随でつらい入院生活なのに、このヒトはもう……と私もまた涙に暮れていた。

父はクラシック音楽が好きだったので、入院中に「じゃあ、そろそろウォークマンを持ってこようか? やっぱりベートーヴェン? 何がいい?」と尋ねたら、そのとき認知症のミョーなスイッチが入ってしまったようで、父はいきなりまた大粒の涙をポロポロとこぼしはじめた。

あわてて「どうしたの? 大丈夫?」と訊いたら、父は泣きじゃくりながら「あのひとは……かわいそうなひとや」と言う。これには心底仰天した。父は、ベートーヴェンの耳が聴こえなくなったことが堪らずに泣いているのだった。

父は、若いころからベートーヴェンが好きで伝記もたくさん持っていた。ベートーヴェンは失聴の苦しみから遺書を書いていたときもあり、父はその「ハイリゲンシュタットの遺書」のファクシミリを私に見せてくれたことがある。私はまだ小学生だったので、ベートーヴェンの苦悩なんてまったくわからなかったが、父がベートーヴェンを敬愛していることはよくわかっていた。

認知症ともなれば、そのひとの本質があらわになると思うが、父の場合、判断力が低下したあげくに出てくるのが、だれかに対する思いばかりだったので、ああ、このひとはこんなにも愛情深いひとだったんだと、私はそのときはじめてわかった。

父は気難しく不器用で、愛情の示しかたを知らないひとだった。ヒトとの会話もうまくできないので誤解されやすかった。でも、ホントウは純真で思いやりのあるひとだった。

その父は、いまも私たちを見てくれているのかもしれない。きっとそうなんだ、と今日あらためて思った。

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