自分軸になってクルマの運転も変わってきた

今日はディーラーへクルマを持って行って点検してもらった。クルマ自体は、以前ネットで見つけたヤツで、かなり遠方の販売店で購入した。これから点検は、自宅近くのディーラーになるけれど、スタッフのひとたちは快く応対してくれてホッとした。

このクルマに乗り始めて2ヵ月になる。あまり乗っていないけれど、このごろは落ち着いて運転できている。

しかし、この「落ち着いてマイペースで」運転できるようになったのは、運転の慣れというよりも、自分の内面が変化したからだと思う。つまり「他人軸→自分軸」になったため、マイペースで運転できるようになったのだ。

ずっと以前、他人軸だったころは、運転しているときに周囲のすべてのクルマから「オマエはヘタクソで迷惑じゃ!」と非難されていると思い込んでいた。ホントにそうとしか思えなくて、自己否定のカタマリになって運転していた。

だから、ものすごくアセッて事故を起こしたこともある。狭い道で対向車が来たときに、ああ、早くバックしないと怒られてしまう!と大あわてでズサンなバックをして、ガードレールにぶつけてしまった。半ばヤケクソでガンガンぶつけながらバックして、向こうのクルマがすれ違うときには何度もアタマをペコペコ下げた。

ああ、ホントにイタいヤツだよねえ。自己否定をやっている典型例だ。でも、その当時はこういった自分の行為が自己否定にもとづくものだとはまったく気づいていなかった。自分の運転がヘタクソなのが原因だと思っていたし、自分のことも相手のことも恨んだり責めたりしているだけで、なにも変わらなかった。

ところが、いまは運転していても気もちが全然ちがう。自己承認ができるようになってきたので「ああ、私のように遅いクルマがいてもいいよね」と思えるようになった。そういう気もちでマイペースで運転しているので、昔のようにアセらなくなった。

まあ、そうなると余裕も出てきて、他のクルマの様子も目に入るようになってきた。サッサと飛ばしているクルマも多いけれど、なかには私のようにゆっくり走っているクルマもけっこうある。歩道のない道路で歩行者がいたら、徐行してしかも1メートルほど離れて追い越すような慎重なひともちゃんといる。

生身のヒトの性格がそれぞれちがうのだから、クルマの運転もそれぞれちがって当たり前。でも、その当たり前のことに長年気が付かなかった。

自分を認められるようになると、他人のことも認められるようになる、というのもその通りだった。クラクションを鳴らされても「ああ、せっかちなヒトなんやなあ」と思うだけで、ビクビクしなくなった。ゆっくり走るのも自由だし、クラクションを鳴らすのも自由。なんでもありなんだ。

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