父の献体後火葬 その6

帰りのタクシーは、Sさんが電話で呼んでくれた。入り口付近のベンチで待っているとき、もう気もちもゆるんでいたので、私は思い切ってSさんに尋ねてみた。

「あの~、遺族のかたで、ご遺体のお顔を見たいと言われるひとはおられますか?」 じつは、私は父の顔をぜひ見たかったのだ。解剖されてどんな状態になっていても、もう一度ひと目見ておきたかったのである。さらに厳密に言うと、系統解剖(医学生の実習)のなれの果て?を見てみたかったという好奇心もわずかにあった。

私は、ぶっちゃけ「死体が好き」なのだ。まあ、リアルでそんなハナシをして、「ああ、そうですか」となごやかにうなずいてくれるヒトは皆無だろうが、自分の性癖?として死体に興味があるのはしかたがない事実だ。

だから以前、司法解剖・行政解剖の補助のパートをしていたことがある。その仕事をやっていて先輩や同僚の様子をうかがっていたら、やはり私のように猟奇的興味が強い傾向が見られた。まあ、めずらしい死亡例とかだとなんとなく色めき立ったり、過去の希少例をことさら新人に話したりといった感じだ。死体好きには適職なのだ。

私はその仕事ですでにかなりの数のご遺体に接してきたから、べつに父の顔が原形をとどめない状態であってもまったくショックではない。しかし、さっきの火葬前のときは、Sさんの繊細な心遣いが感じられて、ああ、さすがに父の顔を見たいという希望は言い出さないでおこうと心を決めたのだ。

でも、訊いてみたかったので尋ねてみた。「ご遺体のお顔をみたいと言われるひとはおられますか?」
「はい、おられます」とSさんはキッパリと即答した。ほう、そうなんだ!

Sさん「ご遺族で、なかには『ホントにウチのひとですか?』と思われるかたもいらっしゃるんですよ。だから、確かめてみたいと。けれども実習のときは、ものすごく厳正にご遺体をあつかっています。お体に触れる学生も最初から最後まで固定した4人だけです。臓器も決して混ざったり取り違えたりすることのない手順になっています。ですから絶対にまちがうことはありません」

「それから、最期にひと目お顔を見たいとおっしゃるかたには……」とSさんの熱弁は続く。つまり、けっこうよくあることのようだ。「以前、亡くなられたときの、あのきれいなお顔を思い出していただき、そのお顔をご記憶にとどめてください、とお願いしています」

なるほどね。そういうことだったら、さっき火葬前のお別れのときに、私がなにも言い出さず、Sさんにお任せしたのがやっぱりよかったんだ。だってね、Sさんもさらに余計な気を使ってタイヘンだもんね。それにしても、取り違えは思いつかなかったな。そんな心配をする遺族もいるんだ。

最期に父の頭に触れたとき、分厚い布とその下のビニールをへだててだったが、あれは父の頭だった。父は小顔で頭が小さかったが、あれはまさにちょうど父の頭の大きさだったと、私は手のひらの感触を思い出した。

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