父の献体後火葬 その9 (最終回)

翌日(2017年7月20日)、いったん目が覚めたのは6時15分だった。早朝の飛行機に乗るひとたちが動きはじめている。といっても、みんな静かに移動していて、うるさくて困るというレベルではない。それより寒さ?のほうが気になる。毛布3枚でまだうすら寒い。もう1枚欲しいところだが、めんどくさいので3枚をできるだけ寄せ集めて、また眠りに落ちた。

チェックアウトが10時なので、8時45分には起き出し、また大浴場でひと風呂浴びる。ウチではめったに風呂に入らないが、ヨソの風呂は掃除しないでいいからホイホイ気軽に入れる。大浴場はだれもいなくて独り占め。ああ、極楽極楽。パウダールームも広くて清潔、アメニティもふんだんに使える。

10時にカプセルホテルを出たあとは、空港内のマクドナルドへ行った。急に朝マックを食べたくなったからだ。たぶん7、8年ほど食べていない。長年節約ばかり気にしていたのでこういう店に入ることがなかった。ソーセージエッグマフィンをパクつきながら、ええと、私はいったいどういうわけで長い間「自分いじめ」をしていたのかね?と首をかしげる。

なぜか自分が貧乏だと思い込んでいたのだ。しかし、それはホントウだろうか? 心理学では「お金」のテーマもよく取り上げられる。そもそも心理学の大前提は「世界は自分が作っている」(投影)ということなので、お金もその通り。「私は貧乏だ」と思えば「貧乏な世界の住人」になるし、「私は金持ちだ」と思えば「金持ちの世界の住人」になる。

ここ最近はかなり意識して心理的ブロックをはずそうとしているので、けっこう「金持ちモード」を発令している。具体的には「安いからコレにする」とか「高いから買わない」ではなくて、「ワクワクするからコレにする」という買い物をしている。値段に関係なく、自分が欲しいものをすなおに買っている。

以前の「貧乏モード」だったら、たとえば昨夜でも、カプセルホテルには泊まらず無理して電車で帰っていたはずだ。でも、すてきなカプセルに一度泊まってみたかったので、そのワクワクを優先したのだ。結果、こんなに楽しくてゆったりした朝を迎えることができた。

「それでええよ」と父も言ってくれているような気がした。父も、そして母も、私が毎日楽しく活き活きと暮らせることを願ってくれているというのに、いったいなぜ自分に我慢ばかり強いていたんだろう? この理由については心理学的観点からいくつか考えられるのだが、それももうどうでもいい。いま、すでに私は自由で幸せだから。

国際線出発ロビーでぼーっとしていたら、やっぱり海外旅行も行ってみたいなあと思った。お金がないから絶対ムリと決めつけることないよなあ。じゃあ、どこへ行こう? やっぱり一番行きたいのはウィーンとドイツだ。そうだよね?父ちゃん、と骨壺をなでてみる。

父は若いころからクラシック音楽が大好きで、ウチではいつもレコードをかけていた。母に訊くと、新婚旅行から戻ったその日からすぐ、ずーっとレコードをかけ続けていたそうだ。おかげで、私も音楽が大好きになった。

ほかにも父譲りの趣味は、山歩き、放浪、クルマ、読書、パソコンで、私はまるで父のクローンのように、父とまったく同じ楽しみかたをしている。父が自動的にインストールしてくれたおかげで、私はこんなに豊かで楽しい人生を送っている。父のこどもで本当によかった。

思い返すと、私が小学生ぐらいのとき、家族4人でときどき空港に遊びに行っていた。子供ながらに、どうして飛行機に乗らないのに空港へごはんを食べに行くんだろう?と不思議に思っていたけれど、あれは父が飛行機が好きで行っていたんだと気がついた。父は空港にいるだけでも好きだったんだ。

で、やっぱり私も、飛行機や空港が好きなのだ。楽しくて長居しすぎた。これだけ長い間いたから父ちゃんも満足しただろう。それで、午後12時半発のバスにようやく乗って、クソ重たい骨壺を最後のシンボウでがんばって運び上げて、無事自宅にたどり着いた。切なくも楽しかった火葬ツアーはこれでおしまい。

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