だれかに「与える」ということ|遠方の心理学セミナー その13

さて、今回はセミナーではなくて「ワークショップ」なので、6人ずつグループになって各々の考えをシェアし合う。初対面のひとのなかで、自分の内面をさらけ出すのはけっこう勇気がいるものだ。

まずは「あなたにとって豊かさとは何ですか?」という問い。私は、①時間 ②お金 ③ひとりでいること ④自然 ⑤クルマ という回答。

「豊かになったら何をしたいですか?」 → 放浪(日本、世界)、少し広いところへ引っ越し。

そのあとで「あなたの今の目標、夢は?」という問いがあったが、それがねえ、ないんだよね。自分軸になったらやりたいことがなくなって、それで困っている。ただ、いまのままで満足しているから、べつに目標とかを立てなくて済んでいるという感じだ。

グループのひとたちの考えを聞いていても、今日はどうもうまくなじめない。たぶん、急激に他人軸→自分軸になったから、いろいろなことが噛み合わないのだろう。しかもそれは、他人と話しているととくに意識されてしまう。つまり、再び他人軸に戻ったり、あ、ちがう、自分自分とまた自分軸に戻ったりとフラフラする。

ワークが進んで、「あなたが人に与えられるものは何でしょう?」という問いになって、ますます困惑した。うわあ、他者貢献か……むずかしいなあ。それができるためには、まず「自己承認」が十分できていないと不可能だ。自己否定があったら「え? 他人に貢献できるモノ? そんなモンあるわけないじゃん」と即否定したくなる。

そもそも私はヒトと関わりたくないので、こんなことを問われるとホントに悩ましい。けれども、カウンセラー先生いわく「さあ、ソコで暗くならない。ハードルをうんと下げて考えてみましょう。そして、自分のことを『大切な友人』のように見て、考えるんです」

うんうん、そうだった。いつも「自分が自分の味方でいてあげる」んだった。そう思ったら、う~ん、そうだね、このしょうもないブログを毎日のぞいてくれるヒトもいて、あえて言えば、そのヒトたちにちょっとしたヒマつぶしを提供しているかな。読者さん、ありがとう!

あらためて感じたけれど、読んでくれるひとがゼロだったら、さすがにブログは続けられない。「だれかが読んでくれる」ということを当たり前に思ったらいけないなあ。よくよく考えてみると、私は読者さんに少なからず支えてもらっているのだ。感謝。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ にほんブログ村 ランキングに参加しています。
応援してもらえたらとってもうれしいです。