「大人」にあこがれるけれど

職業訓練でいっしょだったひとに会ってきた。まだ若いひとなんだが、いっしょに学んでいるときからひときわ落ち着いていて勉強熱心で、そして今日ゆっくり話してみるといろいろ教えられることばかりだった。

「大人」なんだよねえ。私はいっつも「軸」のハナシをしているけど、その「自分軸」がしっかりあるひと。それでいて控えめで周りに気配りができるひと。彼女と話していて、ああなるほど、大人ってこういう言動ができるんだとつくづく感じ入った。

すでに、自分がやりたいことをちゃんと心に決めていてその道を進もうとしている。そういう様子を見てとてもうらやましかったけれど、まあ、ふらふらしているのが私なんだよね。

けれども、あらためて私は、まだ他のひとの生きかたをぜんぜん見ていないなあとも思った。やっぱりまだ親離れできていない。両親の価値観のなかでしか生きられていない。だから、他人を目の前にして、そのひとが何を考えてどう生きているか?ということに、ピシッと焦点が合わないんだよね。

そうできないことが悪いわけじゃないけど、もっと彼女の考えにフォーカスして深く理解したかった。ちょっと後悔している。

「大人」なひとと話していると、自分の子どもっぽさがあぶり出される。私は14才で時間が止まっていて、まだずっとあの両親の子どもの立場で居続けたいんだな。大人にあこがれるけれど、子どものままでもいたい。だから、やりたいことが見つからないのか?

最近はじめた合唱はとても楽しい。しかし、母が若いころ合唱をやっていたのだ。母は生い立ちが不幸で苦労したひとだが、学生のころから社会人になっても合唱を続けていて、その楽しさは昔よく聞いていた。やっぱりソプラノで、ヘンデルのメサイアの話とか聞かされた。父もクラシック音楽が大好きで年がら年中レコードをかけていた。

だから、自分では突然降って湧いたように合唱にハマったつもりだけど、じつは両親の予定調和だったんだよねというオチでもある。どこまで行っても私は永遠に「両親の子ども」である。「それが私」なのでしかたがない。

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